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リモートワークなどDXの進展で迫られる企業の体制整備への視点

柴原 多

リモートワークを始めとするDXの進展によって迫られる企業の体制整備

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 柴原 多

柴原 多(しばはら・まさる)
 1996年、慶應義塾大学法学部卒業。司法修習を経て99年に弁護士登録(東京弁護士会)。事業再生・倒産事件(民事再生・会社更生・私的整理事件を中心)、第三セクターの再建、国内企業間のM&A等に関する各社へのアドバイス、法廷活動等に従事。西村あさひ法律事務所パートナー。

1.始めに

 2020年はここまで新型コロナウイルス感染症等の後向きなテーマが多かったが、前向きなテーマとして「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)」という言葉が注目されている。

 その背景としては、①DXそれ自体の持つ経済的インパクトに加えて、特に日本においては、②少子高齢化社会に基づく労働力の減少、③他国に比べた労働効率性の悪さ、また直近では④コロナ禍における非接触型社会の重要性が影響しているものと思われる。

 では、DXの一つの例であるリモートワークは、日本の労働環境にどのような影響を与えるのであろうか。

2.日本社会の抱える問題点とDX

 日本が少子高齢化社会を迎えている理由は、経済の発展や医療の進歩から平均寿命が延びる反面、出生率が低下しているためである。

 この出生率の低下の理由としては、①晩婚化、②価値観の多様化に加え、③共働き世帯の子育ての困難性(社会的支援の不十分性・経済的環境・将来性の問題を含む)等が挙げられる。

 このこと自体、非常に重大な問題を孕んでおり、だからこそ養育費用の補助や男性による育休取得の促進等が話題となっているが、(日本型)仕事社会における女性活躍推進の遅れといった問題も関係するように思われる(注1)

 次に、日本における労働環境も独特の問題点を有していると思われる。即ち、元々は右肩上がりの社会を前提に終身雇用制のスタイルが取り入れられていたところであるが、経済成長が鈍化すると共に、社会がハード社会からソフト社会に移行していく状態であるにも拘わらず、新入社員の採用戦略が依然として旧来型の企業も少なくなく、労働法令上の制約(特に解雇に関する)も存在するため、正社員と非正規社員との区別が厳然と存在している、というのが現状ではないかと思われる。また、そのような社会構造においては、企業としては正社員を増やすわけにはいかないため、地方の成長鈍化も相まって、非正規社員が就業人口の4割に至っているところである。

3.問題点の解決方向性

 このような問題状況を改善するには、①女性や高齢者の活用促進、②非正規社員の労働環境の改善、③社会全体として「ストレスが少なく仕事の効率性をあげやすい働き方」を可能にする必要があろう。

 そのための有力な手段の一つと考えられるのが、リモートワークである(リモートワークの効果としては、①フレキシブルな労働が可能となること、②ワーク・ライフ・バランスの向上、③仕事の効率性を高めること等々が挙げられる)。

 しかしながら、特に日本では、種々の理由(例えば、①労務管理上の問題、②セキュリティー上の問題、③日本の職務環境・慣習等)により、長年の間、リモートワークは広がらなかったところである。

 コロナ禍で、日本においても、ある程度リモートワークは普及したが、緊急事態宣言の解除と共に人々は徐々にオフィスに戻りつつある。これは日本特有の現場主義の影響もあるが、やはり日本の社会自体が「人が職場に出社することを前提にしたシステム」によって構築されている点も大きいように思われる。とはいえ、前述した労働環境の改善の効果に鑑みれば、直ちに100%リモートワークに全面移行するまでの必要はないものの、ある程度の割合はリモートワークを許容する社会に変革していくべきではなかろうか。

 また、ITを使った働き方改革は、何も(いわゆるホワイトカラーの)オフィスワークに限ったものではない。例えば、農業においても働き方改革は重要なテーマである。言うまでもなく、従来のわが国農業は労働集約型産業であり、少子高齢化の進展やTPP等の効果による外国農産物の輸入増加など、非常に難題を抱えている。それゆえ、農業分野でも効率化は非常に注目されたテーマであり、ロボット・ドローン・アプリ等を活用したスマート農業が現在注目されている(注2)

4.リモートワークのメリットと留意点

 日本においては、「労働の効率化」というと、とかく使用者や従業員の目線で語られることが多いが、実際には顧客目線での「効率化」も重要なテーマである。この点、リモートワークは、「いつでも、どこでも、迅速に、必要なものを」提供できるという面からすれば、顧客目線で大きな付加価値を生む可能性を秘めている。

 それに加えて、リモートワークは、BCP(Business Continuity Plan)の観点、つまりサービスの継続提供を行うためにも非常に重要である(オフィス機能に支障が生じた場合でもサービス提供を行うことを可能にする面があるため)。このような視点は、現下の新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって初めて問題となったものではなく、過去の新型インフルエンザ感染症の流行や東日本大震災の際にも問題とされていたところである。

 ここに(近時再三繰り返し主張されている)ペーパーレス化や契約等の電子化まで加味すると、リモートワーク(及びそれと関連するDX)の重要性は明らかであろう。

 他方、リモートワークについては、通信機器が従業員に対して平等に行き渡らなかったり、それに対応した人事評価システムが整っていなかったりと、従業員間で不均衡が発生し得る点に十分な注意が必要である。また、(テレビ会議システム等の不完全性に基づく)職場でのコミュニケーション不足や、必要な情報が電子化されていないことに起因する問題(著作権法上の問題を含む)も課題となる。

5.リモートワークの導入と企業にとって必要な体制整備

 (1)基本的な体制整備

 以上のような現下の状況を踏まえた(新たな)働き方改革の必要性に鑑みると、多くの企業で未だに整備されていない(そもそも着手もされていない)課題として、労働契約の設計や会社組織の設計が、リモートワークの進展などのDXの観点に照らして適切になされているかという点が浮かび上がってくるように思われる。

 例えば、労働契約(個別の労働契約や就業規則を含む意味で用いる)についていうと、通常、労働契約はオフィスでの勤務を前提に作られているところ、今後は、リモートワークにも対応する形となっているかが問題となり得る。

 以下、特にリモートワークに焦点を当てて、今後、わが国企業が取り組む必要があると思われる幾つかの課題を概観してみることとする。

 ア:効率性の観点

 まず、リモートワークで最も重要な「効率性」の観点からは、①前述した仕事の評価方法(一般的にはタスク及び納期の設定並びに工数の算定等が多いであろうが、それと同時に評価についての協議・反証の機会等も重要になろう)の確定、②(仮にリモートワークが効率性を阻害している要因があるとすれば、)当該阻害要因の除去が問題となる。特に後者については、問題となる阻害要因が、リモートワーク自体の問題なのか、当該従業員固有の問題なのか、ミッションの不十分な伝達性なのか、コミュニケーションの問題なのか、あるいは自己規律性の問題なのかを特定することが出発点となろう。

 イ:従業員の不満・トラブルの解消の観点

 次に、従業員の不満・トラブルの解消という観点からは、③リモートワークへの移行に伴うメンタルヘルスの問題(具体的には、リモートワークであるが故にズルズルと働いてしまったり、悩みを打ち明けられずフラストレーションが増大したり、自分の将来設計や会社の将来に対する不安に加え、生活リズムの乱れに伴う心身の不調に陥ったり等)に対応する措置が講じられているか、④リモートワーク化で必要となる経費(通信機器・費用の負担方法)への対応が適切になされているか、⑤リモートワークとオフィスワークとで評価方法に平等性が確保されているか(仮に確保されていなければ、結局、事実上通勤を奨励する結果となり、リモートワークの効果を阻害することにならないか)等を検証する必要があると思われる。

 ウ:安全配慮義務の観点

 安全配慮義務の観点からは、⑥働き方が見えない状況下において労務管理が適切に行われているか、⑦リモートワークに関するガイドライン(厚生労働省「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」参照のこと)が整備され、それに準拠した運用が適切になされているかどうかを検証する必要がある。

 エ:不正や(顧客等との)不適切な関係の排除という観点

 また、不正や(顧客等との)不適切な関係の排除という観点からは、⑧労働契約においてセキュリティー対応が適切になされているか(一般的には在職中の守秘義務は労働契約の付随的義務として当然に従業員が負うものであり、また、就業規則等にも規定されているであろうが、セキュリティー違反に対応する体制(注3)が整備されているかや、必要な賠償体制(注4)やモニタリング体制が整備されているか)、⑨クライアントとの接触方法に関するルールを定めているか(特に、自宅に籠もっていれば外部との接触が減り、顧客との関係で効率性が確保できない反面、顧客とのルーズな接触は不正や情報漏洩のリスクを生じさせるので、モニタリングをどのように行うか)、⑩それ以外の不正の発生を防止する措置が適切に講じられているか(特に、不正の発生原因となる機会・動機・正当化の余地が残されていないか)、⑪組織の一体性を確保する措置が適切に講じられているか等々につき、検証する必要があると思われる。

 オ:トライ&エラーの視点

 勿論、以上の問題について、一朝一夕に解決できるとは限らず、その意味では新しい問題が発生する都度、機動的にルールを見直すことができる体制が構築されていることが望ましい。また、これらのルール改定に当たっては、就業規則の改定が必要となることもあると思われるし、電子データの保管(バックアップ体制の構築を含む)に関するルールの構築・改訂が必要になる場合もあると思われる。リモートワークの導入・拡大を始めとするDXの進展により、対処を迫られる課題は膨大である。まずは、その認識を持つことが出発点となる。

 (2)海外の体制整備

 なお以上に加えて、海外子会社・支店においては、そもそも(本社から見て)遠隔地であるが故に不正が発生しやすい傾向が存在する。かかるリスクはリモートワークによってさらに増幅される危険性も孕んでいるため、当該リスクに対応した措置も必要となる。

 具体的には、①会議体は適切に開催されているか(本来リモートワークでも会議体は実際に開催されていることが重要でかつモニタリングのためには議事録等が作成されていることが望ましい)、②与信管理は適切になされているか(伝統的には与信管理は現場に行くことが鉄則であるが、訪問が困難な状態でも、相手方に関する資料を非公式情報のみならず公式情報(注5)によって適切に管理しているか、取引保険等を活用している場合には免責事由に該当しない管理体制が構築されているか等)が問題となる。

 また、③契約管理が適切になされているか(署名等の確認といった基本情報も当然であるが、署名者が真正な権限を有しているか、契約形態・内容が現地法に対応しているか、継続契約の場合バージョン管理が適切になされているか)、④労務管理及び安全管理が適切になされているか(特に安全管理が適切になされているかをどのように把握しているのか、リモートワークになればなるほど表面上かつ部分的な管理に過ぎない可能性がある)等についても十分注意すべきである。

6.小括

 当然のことであるが、リモートワークの導入によって全ての問題が解決するものでもない。

 例えば、①通信技術が発展したとはいえ(我々の多くがコロナ禍で実感したように)テレビ会議はリアル会議と同水準のコミュニケーションが図れるものでもないし、②デジタルデバイド(情報格差)の問題も依然として存在する。

 また、DXによって効率化された社会においては、伝統的な労働者と使用者という単純な関係だけではなく、業務委託やフリーランスなどギグワーカーの活用やジョブ型雇用への変革も加速していく可能性がある。

 更に効率化された社会では、AIのみならずITを駆使した労働者と一般の労働者との対立も発生する可能性があり、AIの利用拡大に伴って、将来的には失業率の増大も懸念されるところである(注6)

 そもそもDXの提唱者であるウメオ大学のErik Stolterman教授ら(注7)によれば、DXの進展によって、より良い社会と情報技術とが両立することが期待されていたのであって、情報技術の進展によって希望していない生活様式を強制されることが期待されていたのではない。

 DXの進展には大きなメリットがある以上、その滔々たる流れを止めることは困難ではあるものの、DXの進展が人々の生活様式を悪い方向に変えて行ってしまうリスクがある点には、十分注意すべきであろう。

 ▽注1:その他少子高齢化とDXとの関係については、総務省「平成30年版情報通信白書 人口減少時代のICTによる持続的成長」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd101100.html参照
 ▽注2: 農林

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