2020年11月04日
西村あさひ法律事務所
築留 康夫
日本においても、日本経済やイノベーションの活性化のため、ベンチャー企業の必要性・重要性についての認知度が高まり、多くのベンチャー企業が現れるとともに、ベンチャー企業への投資も増えている。
もっとも、”Venture”(ベンチャー)の語源のとおり、華々しくIPOして成功した企業もある一方で、残念ながら失敗して消えていく企業も多く存在する。
失敗した企業の中には、アイデアを持って起業したものの、資金調達がうまくいかず、やむなく事業継続を断念するような企業もある。また、幸い資金調達には成功し、投資家等から多額の資金を集めたものの、その後事業を収益化できずに資金が枯渇してしまう企業もある。
前者の企業の場合は、株主は創業時の株主のままで、創業者やその親しい関係者のみである場合が多く、破綻・再生処理において、一般の中小企業と変わるものではない。
他方で、後者の企業の場合は、創業者が大株主であるものの、その他に優先株式等の形で出資したベンチャーキャピタルファンドや大手企業が多く株主として存在していることがある。この場合、創業者が議決権ベースでは最も多くの株式を保有しているものの、出資契約や株主間契約において、再生局面で必要となる、新たなスポンサーからの出資やスポンサーへの事業譲渡等については、他の株主の事前承認事項となっているケースが多い。また、破産、民事再生、会社更生といった法的倒産手続の申立てについても事前承認事項となっているケースが多いであろう。さらには、かかる事前承認の取得義務に違反した場合に創業者が損害賠償責任を負うこととなるケースや、株主の会社に対する損害賠償請求権について創業者が連帯保証をしているケースも見られる。
このように、ベンチャー企業においては、多くの投資家が株主となっている場合があり、また、そのような場合にはこれら株主と創業者株主等のベンチャー企業の経営者との間で契約上の「縛り」が強い点が、一般の中小企業との違いとして挙げられ、かかる契約上の「縛り」により、ベンチャー企業の事業再生が阻害されるケースも見受けられる。
そこで、本稿では、かかる契約上の「縛り」により、事業再生の局面で具体的にどのような問題が生じ、またどのような解決策があり得るのかについて、ご紹介させていただくものである。
事業再生の局面では、企業は実質債務超過の状態にある場合がほとんどである。かかる企業が民事再生や破産等の法的整理手続を申し立てた場合、株式は債権に劣後するため、株式への配当等はなく、原則として、民事再生手続の場合は既存株式は全て強制的に無償取得され、破産手続の場合はそのまま消滅することになる。
この点は、法的整理手続によらない場合も実質的には同様であり、仮に新たなスポンサーから出資を得られる場合でも、既存株式の価値はゼロか又は著しく低いものとして扱われ、大幅に希釈化されることは当然として、場合によっては、スポンサーから出資の条件として、既存株式について備忘価格での譲渡等を求められることがある。
また、スポンサーに対して事業を譲渡し、譲渡後の企業を清算処理する場合も、実質債務超過の状態のため、譲渡代金は全額債権者への弁済原資となり、既存株主に対して1円も分配できないケースが多いであろう。
このような場合も、創業者等の経営者株主については、自分が立ち上げた事業を残したい、従業員・取引先に迷惑を掛けたくないというインセンティブがあるため、自分の持株が紙くずになっても事業の再生のためにやむを得ないという判断ができるが、単に経済的なリターンを目的に出資した純粋な投資家株主については、自分の持株が紙くずになる提案に同意するインセンティブがないため、積極的にスポンサーからの出資やスポンサーに対する事業譲渡について同意しないことが多い。
つまり、経済的なリターンのみを考えた場合、株主にとっては、法的整理手続を申し立てるか否か、極論すれば事業が存続するか消滅するかで何も変わるものがないため、せっかく法的整理手続を回避できて事業を存続できるスポンサーが現れたとしても、投資家株主が協力しないがために、企業として法的整理手続を申し立てざるを得ず、場合によっては破産せざるを得ないケースもある。このような結論は、従業員・取引先・債権者等の全利害関係人の利益に反するものであり、また、投資家株主としても、1円も得をするものではない以上、何としても避けるべき必要がある。では、避ける方法としてはどのようなものがあり得るか?
まずは、当然ながら、上記の通り、法的整理手続という結論は誰にとっても望ましくない旨を説明し、投資家株主に対する説得を試みることが考えられる。他方で、投資家株主としては、権利を失うアレンジに簡単には同意をしないことで、何とか1円でも多く投資回収できる途がないか探ることになる。経営者としては、法的整理手続の回避が第一の優先順位のため、投資家株主が同意してくれるなら、投資家株主に譲歩したいということになるが、この局面で、投資家株主に対する譲歩のカードを持っているのは、スポンサー及び債権者であり経営者ではない。すなわち、この局面で、投資家株主に経済的リターンを与えるためには、スポンサーに、一定の金額で投資家株主の株式を買い取る、又は、将来のリターンの可能性を残すために一部投資家株主の株式を残すといったスキームを検討してもらう必要がある。また、かかるスキームの場合、スポンサーから会社に支払われる金額が減るため、債権者の取り分が減ることになり、債権者がかかるスキームに理解を示すかも問題となる。
では、スポンサー又は債権者が、かかる譲歩に応じる可能性があるかであるが、ケースバイケースである。スポンサーとしても、仮に法的整理手続となった場合には事業価値の大幅な毀損が予想されるなら、スキームを変更してでも、投資家株主からの同意を取得したいと考えるであろう。また、債権者としても、法的整理手続となった場合に、回収額が減ることが予想されるなら、その範囲で自己の取り分が投資家株主に回ることにも合理性がある。
したがって、経営者としては、このようなロジックを使いながら、スポンサー及び債権者に対して譲歩を求めつつ、何とか投資家株主からの協力を得られるように努めることになる。
もっとも、再生局面の企業の最大の課題は、資金繰りであり、早期にスポンサーからの出資やスポンサーへの事業譲渡が実現しない場合は、資金繰りが破綻し、法的整理手続を申し立てざるを得なくなる。したがって、投資家株主への説得・交渉に使える時間も非常にタイトな場合が多い。また、かかる局面では、信用不安等から時間を追う毎に事業価値が毀損していく場合が多いため、投資家株主の説得・交渉に時間を要していると肝心のスポンサーが支援を断念してしまう恐れもある。
そこで、かかる時間的制約の中では、どこかのタイミングで、投資家株主の説得・交渉を断念せざるを得ないことになる。この場合、投資家株主の同意を得ずに、スポンサー支援の実行を強行することを検討することになるが、強行した場合に、実際にどのような問題が起こり得るのであろうか。
この点、まず検討すべきは、投資家株主の同意が得られない場合に、企図しているスポンサー支援の実行の効力が生じるかである。この局面では、スポンサー支援が出資であれ事業譲渡であれ、通常、株主総会の特別決議が必要となる。したがって、反対する投資家株主が議決権の3分の1以上を有しているのであれば、スポンサー支援の実行は不可となる(反対する投資家株主の議決権が3分の1未満でも、スポンサー支援の実行について種類株主総会の決議事項となっており、種類株主総会決議の成立に投資家株主の同意が必要となる場合も同じ結論となる。)。
他方で、反対する投資家株主以外の株主だけで、スポンサー支援の実行に会社法上必要となる議決権を有しているのであれば、反対する投資家株主の同意が得られなくても、株主総会決議を行い、スポンサー支援の実行について強行することは会社法上は可能である(この場合、投資家株主からの同意を取得していないことは、会社と株主との間又は株主間での契約違反に過ぎず、スポンサー支援の実行の効力には直接影響を与えないという整理になる。)。
もっとも、この場合も、投資家株主側からは、契約違反等を理由に、(保全の必要性等の要件を満たすか否かは別途問題となるが)スポンサー支援の実行について差止の仮処分等の対抗手段は採り得るし、スポンサーとしてもDD(デューデリジェンス)の過程で、かかる契約が存在していることについては悪意であることが通常のため、投資家株主側から、経営者株主のみならずスポンサーに対しても損害賠償請求等がなされる可能性もある。かかる局面では、スポンサー支援が実行されないと、企業が倒産し投資家株主の株式も無価値になる以上、投資家株主の仮処分の申立てや損害賠償請求が認められる現実的な可能性は低いものと思われるが、スポンサー側で、リスクがある以上は契約違反を強行してスポンサー支援を実行することに躊躇する可能性がある。
このような場合、経営者株主サイドとしては最後の手段として、やむなく民事再生手続等の法的整理手続を申し立て、法的整理手続下で、スポンサー支援の実行を目指していくことになる。
この点、法的整理手続の申立てにより、上記4.の各論点がどのようにクリアされるか問題となるが、まず、会社法上の株主総会の決議要件については、例えば、再生計画に基づかない事業譲渡については、債務超過等の一定の要件を満たした場合には、株主総会の承認決議に代えて裁判所による許可を得て事業譲渡を行うことができるなど(民事再生法43条1項)、株式価値がゼロになっていることを踏まえた上で事業の再生・再建を図ることをできるようにすべく一定の法律上の手当てがなされている。
次に、投資契約・株主間契約の違反の問題については、会社が当事者となっている場合で、法的整理手続の申立て時点でも当事者間で契約上の義務が残っているような場合には、会社側から、これらの契約が双方未履行双務契約に該当するとして、民事再生手続の開始決定等に伴い解除し、投資家株主からの同意取得義務も消滅したものと主張することが考えられる(民事再生法49条1項)。また、投資契約・株主間契約における同意取得義務のような一定の作為・不作為義務の履行を請求する権利は、倒産債権に該当せず、倒産手続開始後にその効力は失われるという見解もある(なお、前提として、投資契約・株主間契約において法的倒産手続の申立てを禁止する条項が入っている場合において、当該条項に違反した申立ての効力が問題となり得るが、かかる倒産申立禁止特約の効力には疑義があるというのが倒産実務の一般的な考え方である。)。
加えて、法的整理手続下での事業譲渡等のスポンサー支援の実行は、裁判所の許可を得て行われるもので、いわば裁判所のお墨付きのもとで行われるところ、スポンサーとしても、事後的に投資家株主からスポンサー支援の実行の効力を争われたり、損害賠償請求等をされたりする恐れはないという整理が可能となる。
以上のとおり、投資契約・株主間契約上の「縛り」が強く、契約上は、投資家株主の同意がなければ事業再生の手段を採り得ない場合も、極論としては、経営陣が法的整理手続の申立てを決断できさえすればかかる契約上の「縛り」を乗り越えることは可能となる。もっとも、投資家株主の同意を得ることにより、法的整理手続を回避し、一般の取引先等に迷惑を掛けることなく事業再生が可能であるのなら、経営陣としても、投資家株主の同意を取得できるよう、スポンサーや債権者等の利害関係人とも調整しながら最大限の努力をするべきである。また、経営陣の再スタートという観点からも、投資家株主の理解を得られぬまま法的整理手続を申し立てるよりは、投資家株主の同意を得て、友好的に事業を畳む方が望ましいことは言うまでもない。
他方で、投資家株主側の立場に立った場合、創業者や経営者株主が投資時に提示した事業計画等を信用して投資実行したにもかかわらず、事業計画どおりに事が進まず、投資した資金を全く回収できなくなるという結果が心情的に受け入れがたいという点も十分に理解できる。しかしながら、投資家株主も投資のプロである以上、事業が結果的に失敗したことについては、自分の目利きが悪かったと潔く諦め、むしろ事業が再建できる途があるのであればそれに協力してやろうという、前向きな姿勢があってもよいと思われる(実際にそのような態度をとった投資家も数多くいる。)。
なお、特に経営陣において不正行為があったり、善管注意義務違反に問われるような重大な経営上の過失があったりした場合において、事業の再建に協力する意向を持ちにくいことも理解できるが、この場合も責められるべきは経営陣であって、事業
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください