メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

窮境にある上場会社による新株発行、その難易の論点

本柳 祐介

窮境にある上場会社による新株発行

弁護士・NY州弁護士
本柳 祐介

本柳 祐介(もとやなぎ・ゆうすけ)
 2001年早稲田大学法学部卒業。2003年弁護士登録。2010年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2010年~2011年、米ニューヨークのデービス・ポーク・アンド・ウォードウェル法律事務所勤務、2011年~2012年ドイツ証券株式会社出向、2011年ニューヨーク州弁護士登録。現在西村あさひ法律事務所パートナー。

1. はじめに

 新型コロナウイルス感染症の影響から、経営状態の悪化が進み、窮境に陥る上場会社も増えていく可能性がある。このような会社は、資金の手当てが必要となるが、同時に資本の手当ても必要になる場合もある。資本は計算上のものであり支払能力に直結するものではないが、資本は事業上のリスクが顕在化した場合のバッファーとして働くため、これが十分ではない場合には事業の継続性に疑義を生じさせることとなる。財務関連では、資本不足により信用リスクが加味され資金調達コストが上昇するほか、既存借入契約における財務コベナンツへの抵触などが問題となる。また、資本の不足は上場会社にとって上場廃止や指定替え(東京証券取引所の市場第一部から市場第二部への降格など)の理由となり(上場規程601条1項5号、311条1項5号)、株価に影響を与えるほか、会社の社会的な信用にも影響を与え、取引先との継続的な取引関係の打ち切り又は条件悪化、新規取引先の開拓や優秀な人材の維持・確保の難化などの事態も生じ、さらなる経営状態の悪化を招く可能性がある。

 こうした状況に対応するためには、新株発行による資本の手当てが必要となる。新株予約権や新株予約権付社債の発行によって資本の手当てをする方法もあるが、これらの手法では新株予約権が行使されてはじめて資本の手当てが完了するため、窮境にある会社の資本の手当てとしては新株発行の方が望ましい。

2. 新株発行を選択するに際しての考慮要素

 株式の発行は、上記1記載のような問題点への対応策となるものの、メリットばかりではないので、新株発行を行うかどうか及びその具体的内容については新株発行によるステークホルダーへの影響を検討する必要がある。

 まず、新株発行は、既存株主の持分に対して希薄化を生じさせることとなるので、希薄化の影響と資本調達の必要性の検討が重要になる。窮境にある会社の場合、必要な資金の額が大きいことに比べて市場株価が低迷していることが多く、希薄化は大きくなることが一般的と考えられる。また、会社の窮境状況によって株価より低い払込価格での発行を強いられる場合には、希薄化はさらに大きくなる。なお、この点に関しては種類株式を用いることで希薄化の影響を軽減することも考えられる。

 また、払込金額が募集株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には株主総会での特別決議が必要になる等の有利発行規制が適用される。有利発行ではないとして株主総会での特別決議なしに株式を発行しようとする場合には、差止め請求を受ける等のリスクを伴うため、有利発行該当性については慎重に検討することが欠かせない。

 株式の発行については、ステークホルダーや市場に理解されるかどうかも検討が必要となる。新株発行の内容や実現可能性について債権者、取引先などの理解が得られない場合には信用不安を加速させる可能性があるほか、市場の理解が得られず株価が大幅に下落してしまうようなことになると、その株価の下落自体が更なる信用不安を招き、それにより更に株価が下落するというような負のスパイラルに陥る可能性もある。したがって、“株式の発行により資金・資本の手当てをすることで窮境を抜け出すことができる”というエクイティ・ストーリーを示すことが重要となる。

 新株発行を検討するに際しては、タイミングの考慮も不可欠となる。①既存債務の弁済期限が迫っており資金を必要とする場合、②債務超過による上場廃止が迫っている場合、③事業年度終了により借入契約における財務コベナンツへの抵触が生じる場合などは新株発行による資金・資本の手当てが必要とされる明確な期限となる。また、新株発行により資金・資本が手当てされるまでの間の事業の劣化に耐えられるかも新株発行のタイミングとして考慮すべき要素となる。そのため、どれだけ時間的な猶予を有するかを踏まえ、時間的制約の中で採り得る手法はどれか、そのためにどのように手続を進めていくかなどを検討しなければならない。例えば、株主総会開催のための期間がとれないときは、株式の発行が有利発行となる場合、種類株式を発行する場合などの株主総会決議を必要とする手段は採用できない。このほか、独占禁止法による株式取得の届出(独占禁止法10条2項、5項)その他競争法上の手続を履践するための期間が必要となる場合には、引受人の取得する議決権割合を限定するなどの対応が必要となるなど、時間的制約によって選択すべき手法が変わり得る。

3. 株式の発行手法とその特徴

 株式の発行手法は、公募増資、第三者割当増資及び株主割当増資に分けられる。

 公募増資は、証券会社を通じて不特定多数の投資家に対して時価により普通株式を発行する方法であり、第三者割当増資と比べて大きな比率の株式を取得する者が現れにくいため、会社支配に大きな変更を生じさせないという特色がある一方、有価証券の引受けを行う証券会社を見つけられるかが最大の課題となる。有価証券の引受けを行う証券会社は、株式の販売を行いつつ売れ残った分はすべて取得することとなるほか、有価証券の発行に関する開示について金商法上の一定の義務を負うこととなるため(金商法17条、21条1項4号等)、引受けの前に厳格な審査を行うが、窮境にある会社にとって引受証券会社を見つけることは容易ではない。

 公募増資の発行価格は公募増資の公表後に行われるブックビルディングにより決定されるのが通常だが、この場合には公募増資の公表による影響を受けた株価をベースに発行価格が決められる。増資の公表後は希薄化の影響を考慮して株価が下落することが多いこともあり、期待する金額の資本・資金を獲得できない可能性もある。

 次に、第三者割当増資は、特定の者に対して株式を発行する方法である。発行する株式は普通株式の場合も種類株式の場合もあり、発行価格は市場株価(又は市場株価から一定のディスカウントを適用した株価)の場合も、市場株価とは異なる金額とされる場合もある。特定の者を対象とするため、発行会社に対するデューディリジェンスが行われることが多く、その場合には、その結果を踏まえた交渉により発行する株式の内容や発行条件が決定される。株式の取得に大きなリスクを伴う場合、投資家からはリスクに応じたリターンが求められることになり、また、リスクヘッジの必要性の程度に応じて株式の内容や発行条件において様々な調整がなされる。こうした調整の方法としては、①普通株式の発行において発行価格を株価より低い金額に設定する方法、②発行する株式を種類株式としてその設計により投資家が得られるリターンの仕組みを定める方法などがあり、後者の②について、具体的には、配当や償還金額(取得請求権の対価としての金銭の額)を有利に設定する方法、再建が成功した場合のアップサイドに参加できるよう普通株式を対価とする取得請求権を設定する方法などがある。

 最後に、株主割当増資は、既存株主に対して追加出資を募るものであるが、既存株主がどの程度株主割当増資に応募してくるか事前に見通すことは困難であり、期待通りに資金・資本の手当ができるかについて不確実性が高いことから、窮境にある企業にとって現実的な選択とはなり難いと考えられる。

4. 大規模な第三者割当増資に関する論点

 (1) 大規模第三者割当増資

 窮境にある会社が特定の者を対象として第三者割当増資を行う場合、もともと株価が低迷していることに加えて、必要とする資金・資本が多額であることから、支配権の移転を伴うような大規模な増資となることが多くなる。また、第三者割当増資の割当先からは、確実な再建計画の遂行等の観点から、支配権の獲得を前提として割当てを受けることが求められる場合も多い。このような場合、大規模な第三者割当増資として特別の規制が問題となる。

 まず、金融商品取引法(金商法)上の開示においては、割当議決権数が発行前の議決権総数の25%以上となる場合又は割当予定先が支配株主となる場合には、追加的な情報が求められる(開示府令第二号様式 第一部第3の4及び6とこれに関する記載上の注意23-6、23-8など)。また、証券取引所の規則により、希薄化率が25%以上となる場合又は支配株主が生じるような大規模な第三者割当増資を行う場合には、①経営陣から独立した者からの意見聴取又は②株主総会決議による株主の意思確認が必要とされる(上場規則432条)(300%を超える場合については後述)。

 (2) 特定引受人が生じる第三者割当増資

 支配権の移転を伴うような大規模な第三者割当増資を検討する場合には、いわゆる特定引受人についての規制も問題となる。公開会社において、増資後に議決権の1/2を超えて株式を所有する(その子会社等による所有を含む)者が新たに出現する場合には、原則として、払込期日の2週間前までに株主への通知又は公告が必要とされ、総株主(株主総会において議決権を行使することができない株主を除く)の議決権の1/10(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上を保有する株主が反対を通知した場合には、払込期日の前日までに株主総会の承認決議(会社法206条の2第5項の決議要件によることが必要)が求められる(会社法206条の2)。

 したがって、公開会社が第三者割当増資を行うことで特定引受人が生じるような場合には、株主総会による承認が必要となり得ることも見据えた検討が必要となる。具体的には、①株主総会による承認が必要となった場合には、第三者割当増資をあきらめるか、②第三者割当増資の手続と並行して株主総会招集のための準備を行うか、③株主総会を開催する可能性を踏まえて払込期日を先の日付(公表後約2か月後以降)とするか、④払込期日を先の日付とした場合にそれまでの間の資金繰りをどう確保するか、⑤株主総会での否決された場合のバックアッププランをどうするか等々についての検討が必要となる。

 もっとも、株主総会の承認要件については例外が定められており、会社の財産状況が著しく悪化していて事業継続に緊急の必要がある場合には株主総会の承認は不要となるが(会社法206条の2第4項ただし書)、「会社の財産状況が著しく悪化していて事業継続に緊急の必要があるとき」に該当するのかについて現時点では確定した裁判例や基準は存在せず、当該例外要件の利用には極めて慎重な判断が求められる。

 このほか、特定引受人の生じるような第三者割当増資においては、金商法上の開示においてこれに関する情報が求められるほか(開示府令第二号様式 記載上の注意23-3hなど)、当該第三者割当増資に関する監査役、監査等委員会又は監査委員会の意見の内容も開示が求められ、社外取締役を置く上場会社が特定引受人が生じる第三者割当増資を行う場合であって当該社外取締役の意見が取締役会の判断と異なる場合には、その意見も開示することが求められる(東京証券取引所『会社情報適時開示ガイドブック(2018年8月版)』69頁参照)。

 (3) 第三者割当増資と上場廃止事由

 また、希薄化率が300%を超える第三者割当増資は、株主及び投資者の利益を侵害するおそれが少ないと東証が認める場合を除き、上場廃止事由に該当する(上場規程601条1項17号、上場規程施行規則601条14項6号)。「株主及び投資者の利益を侵害するおそれが少ない」場合としては、①公的資金の注入といったケースや、②経営破綻のおそれがある状況下で、株主意思確認手続を経た上で民間スポンサーによる救済的な対応として実施されるケース、③段階的な株主意思確認手続として、株主総会決議により定款変更を行い、発行可能株式総数を段階的に拡大していくようなケースが想定されるが(東京証券取引所『会社情報適時開示ガイドブック(2020年11月版)』401頁)、取引所の裁量によるものであり、極めて限定的な適用となることが想定されるため、取引所との事前の協議が必要と考えられる。

 同様に、第三者割当増資により支配株主(上場規程2条42号の2、上場規程施行規則3条の2)が異動した場合(当該割当により交付された募集株式等の転換又は行使により支配株主が異動する見込みがある場合を含む(上場規程施行規則601条9項1号))であって3年以内に支配株主との取引に関する健全性が著しく毀損されていると東証が認めるときも、上場廃止事由に該当する(上場規程601条1項9号の2、上場規程施行規則601条9項)。こちらも、取引所に裁量があるため、事前の協議が必要と考えられる。

5. リスク情報等の開示

 窮境にある上場会社による株式の発行には、リスク情報等の開示が重要となる。有価証券届出書には重要な後発事象やリスク情報の記載が求められ、虚偽の記載や重要な情報の記載漏れがあった場合には、課徴金や罰則が課される可能性がある。さらに、発行会社と第三者割当増資の割当先との間で締結される契約においても、割当先に対する十分な情報提供を行った旨の表明保証が定められることがある。加えて、新株発行のための株主総会が必要となる場合にも、株主の理解を得るための情報開示が必要となる。

 これらの開示においては、リスク情報などの投資家の投資判断又は株主としての判断に影響を与える重要な情報をすべて適切に開示することが求められるが、窮境にある会社では事業上の様々なリスクが既に顕在化し、又は顕在化しつつある状況にあることが多く、当該開示によりリスクの深刻化を招いたり、リスクの顕在化を加速化させたりする可能性もある。資産・事業の売却などの施策が現在進行形で検討されている場合に中途半端な状況でこうした施策を開示すれば、取引先や従業員による不安を惹起して対象事業を劣化させてしまう可能性があるほか、様々なステークホルダーが反応してプロセスに悪影響を及ぼし、場合によっては当該施策が頓挫する可能性もある。したがって、株式の発行に際しては、投資家の投資判断又は株主としての判断に影響を及ぼし得る未公表の情報の有無を確認し、そのような事実がある場合には、それを開示する(そのままでは開示に適さないならば開示できる段階まで物事を進めて開示する)か、当該事実を「白紙化」するという対応が求められる。一時「中断」するだけでは案件としては存在している状況は残るため、事実としてきちんと「白紙化」する必要がある。いったん取組みを開始した案件について、どこまでの対応をすれば「白紙化」したといえるかは事実関係次第であるが、「白紙化」した後すぐに再度類似の取組みが開始した場合に、本当に「白紙化」されて事実が消えたといえるかの線引きは難しい。少なくとも、「白紙化」のための正式決定、交渉相手に対する通知(交渉相手がいる案件の場合)、関係者への周知など、客観的な事実の裏付けがある状況を確保する必要がある。

6. その他開示に関する論点

 上場している有価証券と同一の内容の有価証券を発行する場合、少人数を対象とするものであっても基本的には「有価証券の募集」に該当し(金商法2条3項2号ハ、金商令1条の7第2号イ)、有価証券届出書の提出が求められる。そのため、上場している株式と異なる種類の株式を発行する場合には、上場している株式と「同一の内容の有価証券」であるかの検討が必要となる。また、「同一の内容の有価証券」でない場合でも、割当予定先又は発行会社の自由な裁量により短期間に上場している株式への転換が相当程度見込まれるような取得請求権付種類株式又は取得条項付種類株式を発行する場合は、少人数私募の要件である「多数のものに譲渡されるおそれが少ないもの」には該当しないとされるため(開示ガイドライン C 個別ガイドライン Ⅲ 「株券等発行に係る第三者割当」の記載に関する取扱いガイドライン (1)④)、有価証券届出書の提出の要否について、これらの観点から、商品設計について検討することが必要となる。

 このほか、有価証券届出書の提出が必要となる第三者割当増資を行うに際しては、有価証券届出書の提出前における勧誘禁止が問題となる(金商法4条1項)。「勧誘」について金商法には定義規定がなく、特定の有価証券についての投資者の関心を高め、その取得又は買付けを促進することとなる行為をいうと解釈されており(神崎克郎=志谷匡史=川口恭弘「金融商品取引法」317頁)、どのような場合に「勧誘」に該当するかは必ずしも明らかではない。但し、開示ガイドラインで一部明確化されており(開示ガイドライン B 基本ガイドライン 2-12①)、割当予定先が限定され、当該割当予定先から当該第三者割当に係る有価証券が直ちに転売されるおそれが少ない場合(例えば、資本提携を行う場合、親会社が子会社株式を引き受ける場合等)に該当するときにおける、割当予定先を選定し、又は当該割当予定先の概況を把握することを目的とした届出前の割当予定先に対する調査、当該第三者割当増資の内容等に関する割当予定先との協議その他これに類する行為は「勧誘」に該当しないとされているため、窮境にある上場会社が業務提携を伴う形で第三者割当増資の割当先候補と交渉を行うことは、「第三者割当に係る有価証券が直ちに転売されるおそれが少ない場合」に該当するものとして、有価証券届出書の提出前であっても適法に行い得ると考えられる。他方で、業務提携を伴わない形で金融投資家と増資に関する交渉を行うことは、上記の開示ガイドラインの基準に該当しないため、具体的な状況に照らして「第三者割当に係る有価証券が直ちに転売されるおそれが少ない場合」に該当するか否かを慎重に検討することが必要になるが、引き受けられた株式について契約により譲渡制限が付されていれば「第三者割当に係る有価証券が直ちに転売されるおそれが少ない場合」に該当すると考えられる。

 さらに、窮境にある上場会社では、フェア・ディスクロージャー・ルールについても注意することが必要となる。取引関係者に未公表の重要情報を伝達した場合、意図的な伝達については同時に、意図的でない伝達については速やかに、当該重要情報を公表することが義務づけられる(金商法27条の36)。取引関係者には、株主や有価証券に対する投資を行うことを主たる目的とする法人その他の団体も含むため、これらの者と協議する際には秘密保持義務及び売買禁止義務を合意することが不可欠となる(金商法27条の36第1項但書)。

7. おわりに

 窮境にある上場会社が株式を発行して資本及び資金を調達することの難易度は決して低くない。しかしながら、リーガル面における検討で対処できる面も大きいと考えられる。ここでいう難しさの中には適切なスポンサーを見つける

・・・ログインして読む
(残り:約410文字/本文:約8194文字)