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米国における対内直接投資審査と重要技術の輸出管理との相互関係

淀川 詔子

米国における対内直接投資審査と重要技術の輸出管理との相互関係

  

西村あさひ法律事務所
弁護士 淀川 詔子

淀川 詔子(よどがわ・のりこ)
 2002年、東京大学法学部卒。2003年、司法修習を経て、第一東京弁護士会登録。同年10月、西村あさひ法律事務所入所。2007年、外務省経済局経済連携課課長補佐。2010年、ニューヨーク大学(LL.M.)を卒業し、世界貿易機関に勤務。2011年、ニューヨーク州弁護士登録。同年、エネルギー憲章事務局法務官、2012年、同局法務顧問代理、2013年、同局法務顧問。2014年から2017年まで新日鐵住金株式会社(当時)法務部国際法務室勤務。

第1 はじめに

 2020年10月、米国において、外国投資家による米国事業への投資に対する審査制度が改正された。対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States、以下「CFIUS」という。)による対米投資の審査制度自体は従前から存在するものであるが、近年、2018年8月13日に成立した外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018、以下「FIRRMA」という。)の下で、審査対象となる投資の範囲に関し、3回の制度改正が行われている。

 本稿では、2018年11月からパイロットプログラムが施行された1回目の改正及び2020年2月にパイロットプログラムが廃止され、FIRRMAが全面施行された2回目の改正についてはごく簡単にのみ触れ、主に、同年5月に改正規則案がパブリックコメントにかけられ、コメントを踏まえて9月に修正改正規則案が公表され、10月15日から施行された3回目の改正を取り上げる。とりわけ、重要技術(critical technologies)の輸出管理制度と、CFIUSによる投資審査制度とが連関することになった点に着目し、その概要及び日本企業による米国事業への投資に及ぼす影響について考察する。

 なお、FIRRMAにより整備されたCFIUSの投資審査制度は、審査対象の投資が幾つもの類型に分かれ、そのそれぞれについて詳細な規定が設けられた複雑なものであり、本稿でその全てを扱うことはできない。本稿で重点的に扱う、重要技術に関与する米国事業への投資で外国人・外国企業が米国事業に対する支配その他一定の権利を取得する類型のもの以外の投資も、要件を満たせばCFIUSの審査の対象となり、場合によってはCFIUSへの申告義務の対象となることにご留意頂きたい。

第2 1回目及び2回目の制度改正の概要

 FIRRMAの成立以前、CFIUSが審査の対象とする投資は、外国人・外国企業(「foreign person」(注1))が行う、又は外国人・外国企業とともに行う、米国事業の支配を取得することになる取引に限定されていた。
 これが、FIRRMAにより、米国の安全保障への影響が大きくなり得る所定の類型の投資については、一定の要件を満たす場合には、外国人・外国企業による支配の取得に至らずともCFIUSの審査の対象になることとされた(注2)。すなわち、CFIUSの審査権限が従前より拡大されたのである。

 1 1回目の改正(2018年11月施行)

 上記の審査権限の拡大は直ちには全面施行されず、まず2018年11月から、重要技術の生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行う米国事業に対する外国人・外国企業による投資に関して、以下の①及び②を両方満たす投資に限り、CFIUSへの申告(declaration)を義務づけるパイロットプログラムが開始された。

① 当該重要技術が、北米産業分類システム(North American Industry Classification System(以下「NAICS」という。))上の番号(コード)により特定された27の産業のいずれか1つ以上における米国事業の活動に関して使用される、又は当該産業における使用のために当該米国事業が特別に設計したものである。

② 外国人・外国企業が
 (1) 対象米国事業の支配を取得するか、又は
 (2) 下記のいずれかを取得する。
  (a) 重大な未公表の技術情報へのアクセス
  (b) 取締役会若しくは同等の統治機関のメンバー若しくはオブザーバーへの就任、又はこれらの役職の指名権
  (c) 株式に係る議決権行使以外の形での、重要技術の使用、開発、取得又はリリースに関する実質的な意思決定への関与

 これは、それまで任意であったCFIUSへの届出を一定の範囲で義務づけた点で、大きな制度改変であったと言える。
 なお、重要技術とは、以下のいずれかに該当する技術である。

  • 国際武器取引規則(International Traffic in Arms Regulations (以下「ITAR」という。))の米国軍需品目リスト(United States Munitions List)に載っている防衛産品及び防衛サービス
  • 輸出管理規則(Export Administration Regulations (以下「EAR」という。))の商務省規制品目リスト(Commerce Control List)に載っている品目(物品、技術及びソフトウェアの総称。以下同様。)であって、国際枠組みにより規制されているもの又は地域の安定性若しくは通信傍受規制を規制理由とするもの
  • 特別に設計され、準備された核/原子力関連の機器、部品、部分品、原料、ソフトウェア及び技術であって、所定の規則の対象になっているもの
  • 所定の規制に服する核/原子力関連の施設、機器及び原料
  • 所定の規制に服する物質及び毒物
  • 輸出管理改革法(Export Control Reform Act of 2018、以下「ECRA」という。)により規制される新興技術及び基盤的技術(emerging and foundational technologies)

 2 2回目の改正(2020年2月施行)

 前述のとおり、上記のパイロットプログラムは、2020年2月のFIRRMA全面施行の際に廃止された。この際、FIRRMAの施行の詳細を定めた2つの規則が制定された(注3)

 このうち「外国人・外国企業による一定の対米投資に関する規則」(注4)は、引き続き重要技術の生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行う米国事業に対する外国人・外国企業による一定の投資をCFIUSへの申告義務の対象に含めている。同規則において、こうした投資がCFIUSへの申告義務の対象となる要件として上記①及び②の充足が必要とされている点も、パイロットプログラムと同様であるが、②の要件を定める規定が以下の内容に変更された。

②’ 外国人・外国企業が
 (1) 対象米国事業の支配を取得するか、又は
 (2) 下記のいずれかを取得する。
  (a) 重大な未公表の技術情報へのアクセス
  (b) 取締役会若しくは同等の統治機関のメンバー若しくはオブザーバーへの就任、又はこれらの役職の指名権
  (c) 株式に係る議決権行使以外の形での、(i)当該米国事業が維持又は収集する米国市民の機微な個人データの使用、開発、取得、保管若しくはリリース、(ii)重要技術の使用、開発、取得若しくはリリース、又は(iii)重要インフラの管理、操業、製造又は供給に関する実質的な意思決定への関与

 すなわち、(c)の、外国人・外国企業が実質的な意思決定への関与に至る場合にCFIUSへの申告義務が生じる事項に(i)及び(iii)が加わった。これは、「外国人・外国企業による一定の対米投資に関する規則」の下で、重要技術に関与しない米国事業への投資が申告義務の対象となる事態(注5)も想定されるようになったことと整合している。

 さらに、同時に制定された「米国内の不動産に関する外国人・外国企業による一定の取引に関する規則」(注6)は、重要な空港若しくは港湾、これらの中に位置する若しくはこれらの一部として機能する不動産、又は軍事設備その他米国政府の施設の近辺にある不動産等、所定の不動産について、外国人・外国企業が購入、賃借又は使用権の取得を行い、一定の権利を得る場合等に、投資と同じくCFIUSの審査対象となることを定めている。ただし、不動産取引に関しては、投資とは異なり、CFIUSへの申告が義務づけられる取引類型は存在しない。

 なお、「外国人・外国企業による一定の対米投資に関する規則」及び「米国内の不動産に関する外国人・外国企業による一定の取引に関する規則」のいずれも、適用除外国(「excepted foreign state/ excepted real estate foreign state」)及び適用除外投資家(「excepted investor/ excepted real estate investor」)という概念を設けている。
 適用除外投資家とは(i)適用除外国の国民であり、適用除外国以外の国の国民ではない自然人、(ii)適用除外国の政府、又は(iii)適用除外国若しくは米国の法律の下で設立され、所定の要件(主たる事業地が適用除外国若しくは米国にあること、取締役会若しくは同等の統治機関の構成員及びオブザーバーそれぞれの75%以上が米国民若しくは(i)の自然人であることを初めとする、多くの要件が課されており、その全てを自ら及び親会社が満たしていることが必要である。)を満たす事業体を言い、適用除外投資家が投資を行う場合、当該投資家が対象米国事業の支配を取得したり、CFIUSの審査を免れ、又は迂回するために設計した取引を行ったりしない限り、CFIUSの審査対象にならない。また、適用除外投資家による不動産の購入、賃借若しくは使用権の取得、又は適用除外投資家が不動産に関して持つ権利の変更は、CFIUSの審査を免れ、又は迂回するために設計した取引でない限り、その他の面でCFIUSの審査対象となる要件を満たしていても、審査対象から除外される。
 適用除外国はCFIUSが指定するが、2020年12月1日現在、オーストラリア、カナダ及び英国のみが指定されており、日本は適用除外国となっていない(注7)

第3 3回目の改正

 上記の「外国人・外国企業による一定の対米投資に関する規則」が今般改正され、2020年10月15日から施行された(注8)
 この改正により、重要技術の生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行う米国事業に対する外国人・外国企業による投資がCFIUSへの申告義務の対象となる要件のうち、重要技術そのものに関する部分が、前述の①(当該重要技術が、NAICSコードにより特定された27の産業のいずれか1つ以上における米国事業の活動に関して使用される、又は当該産業における使用のために当該米国事業が特別に設計したものであること)から、当該重要技術を所定の取引関連当事者に輸出、再輸出、国内移転又は再移転するとした場合、関連する米国政府機関の許認可が必要になることへと変更された。

 1 所定の取引関連当事者

 上記のとおり、投資のターゲットとなる米国事業が生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行っている重要技術が、仮に以下の者に輸出、再輸出、国内移転又は再移転されるとすれば、そのいずれかにおいて下記2で述べる許認可が必要になる、という場合には、当該投資は、前述の②’の要件も満たすか(下記(iii)のとおり、既に対象米国事業に投資をしている者の権利が変更された結果、②’を満たすに至る場合も含む。)、又はCFIUSの投資審査を免れ、若しくは迂回するために設計されている、若しくはその意図を有する場合、CFIUSへの申告義務の対象となる。

 (i) 当該投資の結果、当該米国事業を直接支配し得るようになる者

 (ii) 当該米国事業において上記②’(2)を直接取得する者

 (iii) 当該米国事業に対して直接投資をしている者が当該米国事業に対して有する権利が変更され、その変更の結果、上記②’の(1)又は(2)を取得する場合の、当該投資をしている者

 (iv) 当該米国事業に関し、CFIUSの投資審査を免れ、又は迂回するために設計されている、又はその意図を有する取引、譲渡、合意又は取決め(arrangement)の当事者

 (v) 個別に、又は外国人・外国企業の集団で、上記(i)から(iv)までの者の議決権の25パーセント以上を直接又は間接に保有する者

 このうち(v)に関しては、以下の細則が設けられている。

  • 「外国人・外国企業の集団」について、関連企業等(related)、協調行動を取ることの公式若しくは非公式の取決めを持つ者どうし、又は同じ外国の中央若しくは地方政府の機関、若しくはこれら政府に支配される者どうしは、それぞれ外国人・外国企業の集団を構成すると見なされ、これらの者が保有する議決権は合算される。
  • 間接所有の議決権の所有割合を算出するにあたっては、親会社の子会社に対する持分割合は100パーセントと見なされる。
  • 活動がジェネラルパートナー、マネジングパートナー等(又はこれらから授権された者)により(by or on behalf of)主に指示、支配又は調整(coordinate)されている事業体の場合には、当該ジェネラルパートナー、マネジングパートナー等の25パーセント以上の議決権を持つ場合にのみ、(v)を満たす。

 2 関連する米国政府機関の許認可が必要であること

 (1) 関連する米国政府機関の許認可

 関連する米国政府機関の許認可とは、以下を指すと規定されている。

  • ITARの下で国務省が出す許可その他の承認
  • EARの下で商務省が出す許可
  • エネルギー省が外国の原子力エネルギー関連活動への支援に関する規則の下で出す特定認可又は一般認可(ただし、一部の一般認可を除く。)
  • 原子力規制委員会が原子力関連機器・原料の輸出入に関する規則の下で出す特定許可

 (2) EARの下での許可の必要性

 上記の各種許認可のうち、一般的な企業に関連し得るのは、EARの下で商務省が出す許可である。
 EARの下で、輸出、再輸出又は国内移転に商務省の許可が必要になるか否かを判定するためには、商務省が作成したフローチャート(注9)にもあるように、下記を検討する必要がある(注10)

 (i) 輸出等を行う品目が、EARの適用対象になるものであるか。

 (ii) 当該品目が、商務省規制品目リストにおいて、輸出管理分類番号(export control classification number (ECCN))を割り振られているか。

 (iii) 当該輸出等が、一般禁止事項(general prohibitions)に該当するか。

 (iv) ECCNを割り振られている品目の場合、商務省カントリーチャート(Commerce Country Chart)において、当該ECCNについて商務省規制品目リストが定める規制理由に対応する縦軸と、当該輸出等の仕向地に対応する横軸とが交差する欄に「X」が記載されているか。

 (v) 許可例外に該当するか。

 このうち(i)については、米国に所在する品目及び米国原産の品目(所在地を問わない。)は全てEARの適用対象になるので、米国事業が生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行っている重要技術であれば、多くの場合、これらに該当し、EARの適用対象になると思われる。
 当該米国事業が研究所等を米国の外においており、重要技術が米国に所在せず、かつ米国原産でもないという場合には、当該重要技術の価値に対して、その技術に組み込まれている「もしそのまま米国から輸出されるならば、商務省から輸出許可を取得することが必要な」米国原産の技術の価値が占める割合を計算する等の、かなり複雑な検討が必要となる。

 (iii)にはEntity List掲載者やテロ行為関与者への輸出、禁輸措置(embargo)の対象国への輸出等が含まれる。

 (v)の許可例外は、少額特例、一時使用・展示のための輸出等である場合、個人の手荷物として持ち出す場合等、多くの類型が存在し、それぞれについて、例外を適用できる品目や輸出等の態様、例外の下で輸出等を行える仕向地等、詳細が規定されている。しかし、実際に品目の輸出等を行うためではなく、CFIUSへの申告義務の有無を検討するためには、下記(3)のとおり、特定の3種類の例外しか考慮できない。

 (3) 許認可の必要性を判断する際の詳細

 上記(2)(iv)のとおり、輸出等の許可の必要性は、仕向地がどこの国・地域であるかにより左右されるが、CFIUSへの届出義務を考慮する際には、想定上の輸出等の相手方が企業等の事業体である場合はその主たる事業地を、自然人である場合はその国籍を、それぞれ仕向地と考えることが定められている。
 主たる事業地とは、当該事業体の経営陣が事業体の活動への指示、支配又は調整を行う主な場所を指す(投資ファンドの場合は、当該ファンドの活動への指示、支配又は調整をジェネラルパートナー、マネジングパートナー等(又はこれらから授権された者)が主に行う場所を指す。)。ただし、この方法で決定した主たる事業地が米国内であるものの、当該事業体が米国又は外国の政府に対する直近の提出書面において、主たる事業地、本店住所等を米国外の場所としている場合には、当該場所が主たる事業地と見なされる(当該事業体が、当該書面提出後に主たる事業地が米国に移転したことを証明できる場合を除く。)。

 また、ITAR及びEARには、本来は許認可の取得が必要であるものの例外的にその取得が不要となる場合が定められているが、CFIUSへの届出義務を考慮する際には、この免除・例外の規定は原則として考慮されない。この原則に対する例外として、上記のとおり、投資のターゲットである米国事業が生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行う重要技術がいずれも、EARが規定する以下の3つの許可例外のいずれか1つ以上に該当する場合は、CFIUSへの届出義務が生じない。

  • 技術及びソフトウェアに係る例外(Technology and Software Unrestricted (TSU)) 

     (i)物品又はソフトウェアの設置、操業、維持又は修理に必要な最低限の技術、及び機器の操業に必要な最低限のソフトウェア、(ii)品目の販売、リース又はその他の形での供給に係る見積もり、入札又は申込みに必要なデータ、(iii)ソフトウェアのアップデート(バグ対策)、(iv)大量販売(mass market)ソフトウェア等の輸出及び再輸出を可能とする例外(注11)

  • 暗号製品、技術及びソフトウェアに係る例外(Encryption Commodities, Software, and Technology (ENC))の一部

     
    対象の暗号製品、技術又はソフトウェアについて、対象品目が商務省規制品目リスト上の所定のECCNに分類されるものであると自ら判断すること、又は商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security (以下「BIS」という。)に対して分類の要請(classification request)を提出し、BISからENC例外を使用できない旨の通知を受け取ることなく30日の待機期間を経ること(いずれの手続が必要かは対象品目に応じて異なる。)を要件として、輸出、再輸出及び国内移転を可能とする例外(注12)
     この許可例外を適用するための手続要件について、実際に輸出等を行うわけではなくCFIUSへの申告義務の検討のために輸出許可の例外に該当するかを判定したいだけである場合にも充足する必要があるのか不明だとのコメントが、2020年5月に「外国人・外国企業による一定の対米投資に関する規則」の改正案が公表された際のパブリックコメント募集時に提出された。このため、同年10月15日から施行された改正規則では、輸出が実際に行われないとしても、輸出時よりも前に満たすことが求められている手続要件は満たさねばならないという明文の規定が置かれた。したがって、このENC例外に依拠して「重要技術の関連当事者への輸出等に許可が不要であるからCFIUSへの申告義務は無い」と判断するためには、対象品目が所定のECCNに分類されることを自ら判断すれば足りる品目の場合は当該自己判断以外、特段の手続は不要であるが、分類要請の提出を要する品目の場合は、当該要請の提出及び提出から30日間を経ることが必要である。

  • 戦略的貿易の認可(Strategic Trade Authorization (STA))の一部

     対象品目が所定の条件を満たし、かつ商務省規制品目リスト上の規制理由が国家安全保障、生物化学兵器関連、核拡散防止、地域の安定性、犯罪抑止、及び重要品目のいずれか1つ又は複数のみである場合に、カントリーグループA5の国を仕向地とする、又はそのような国の国民を相手方とする、輸出、再輸出及び国内移転を認める例外。日本もこのカントリーグループA5に入っている。

第4 日本企業による対米投資への影響

 第3に記載のとおり、今般の「外国人・外国企業による一定の対米投資に関する規則」改正により、CFIUSへの申告義務が生じる投資の範囲の画定要素から、27のNAICSコードへの言及が削除されたため、投資のターゲットとなる米国事業が関与する産業分野を問わず、申告義務の検討が必要となった。しかし、改正前の「重要技術が、NAICSコードにより特定された27の産業のいずれか1つ以上における米国事業の活動に関して使用される、又は当該産業における使用のために当該米国事業が特別に設計したものである」という要件は従来から不明瞭であると言われており(注13)、重要技術の取引関連当事者への輸出等に許可が必要か否かという新たな基準は、解釈等の積み重ねが既にできている既存の輸出管理制度に紐付いている点でより明確であることから、CFIUSへの申告義務の検討をより行いやすくするものとして歓迎されている。
 対米投資を行う日本企業にとっても、なじみの薄いNAICSコードや、外延が必ずしも明確とは言えない場合もある「使用される」又は「使用のために特別に設計した」という要件よりも、詳細な規定が置かれているEARの枠組みに基づく検討の方が、行いやすい可能性がある。

 また、EARにおける輸出等の許可の要否は、第3の2(2)に記載のとおり、対象品目の仕様と、仕向地や荷受人とのマトリクスで決する。このため、改正前の、重要技術が使用される産業分野を基準とする申告義務の要件よりも、重要技術の輸出等に係る許認可の要否を基準とする改正後の要件の方が、より投資家の属性に重点を置いていると言える。
 第2の2に記載のとおり、日本は「外国人・外国企業による一定の対米投資に関する規則」及び「米国内の不動産に関する外国人・外国企業による一定の取引に関する規則」の下で適用除外国の指定を受けていないため、この観点から日本の投資家が他国の投資家と差別化を図ることはできなかったが、今般の改正により、一定程度、差別化が生じ得る。すなわち、今後は、同じ投資案件であっても、例えば中国の投資家が投資を行うとCFIUSへの申告義務が生じるが、日本の投資家であれば申告義務が生じないといった場面が発生し得る。こうした申告義務の有無に係る差異は、まず、投資対象の米国事業が関与する重要技術の輸出等について、日本への輸出に関しては許可例外の適用の有無を検討するまでもなく、商務省の許可がそもそも不要だが、一部の他国への輸出には許可が必要であるという状況から生じることがあり得る(注14)。加えて、いずれの仕向地への輸出についても原則としては輸出許可が必要であるという場合に、CFIUSへの申告義務を決する、重要技術の輸出等に係る許認可の要否を判断するにあたり考慮できるEAR上の許可例外の中に、STA例外のうちカントリーグループA5の国のみを対象とする部分が含まれているところ、日本はカントリーグループA5に属するが、中国、ブラジル等は同グループに属さないので、このSTA例外の利用の可否により許可の要否が分かれ、CFIUSへの申告義務の有無が異なるという状況も考えられる。

 なお、第2の1に記載のとおり、重要技術には、ECRAにより規制される新興技術及び基盤的技術が含まれているが、新興技術及び基盤的技術の特定は遅れている(注15)。今後、新たに新興技術及び基盤的技術が特定されると、CFIUSへの申告義務の対象となるかについて検討を要する投資の範囲もそれに従って広がるので、新興技術及び基盤的技術の特定に関する商務省の動きを注視して行く必要がある。

 ▽注1:さらに、
 ・外国政府、及び
 ・外国人、外国企業又は外国政府のいずれかが支配し、又は支配し得る組織
 を含むが、本稿では便宜上、「外国人・外国企業」と記載する。
 ▽注2:詳しくは本連載の2018年11月7日の記事(千葉悠瑛「米政府の対米外国投資委(CFIUS)の審査制度が改正されてどうなるか」)を参照されたい。
 ▽注3:詳しくは、2020年2月に発効した最終規則ではなく、2019年9月に公表された規則案に関するものであるが、西村あさひ法律事務所北米ニューズレター2019年11月27日号(辰巳郁、浦野祐介「FIRRMAによるCFIUSの権限強化に伴う規則案の公表」)を参照されたい。
 https://www.jurists.co.jp/ja/newsletters/north_america_191127.html
 ▽注4https://www.federalregister.gov/documents/2020/01/17/2020-00188/provisions-pertaining-to-certain-investments-in-the-united-states-by-foreign-persons
 ▽注5:本稿ではこの類型の投資の詳細には触れない。
 ▽注6https://www.federalregister.gov/documents/2020/01/17/2020-00187/provisions-pertaining-to-certain-transactions-by-foreign-persons-involving-real-estate-in-the-united
 ▽注7: https://home.treasury.gov/policy-issues/international/the-committee-on-foreign-investment-in-the-united-states-cfius/cfius-excepted-foreign-states
 ▽注8https://www.federalregister.gov/documents/2020/09/15/2020-18454/provisions-pertaining-to-certain-investments-in-the-united-states-by-foreign-persons
 ▽注9https://www.bis.doc.gov/index.php/documents/regulation-docs/411-part-732-steps-for-using-the-ear/file
 ▽注10:詳しくは、拙稿「輸出管理改革法による米国の輸出管理の対象拡大」(一般財団法人 知的財産研究教育財団 知的財産研究所「国際知財制度研究会報告書(令和元年度)」に収録)を参照されたい。
https://www.jpo.go.jp/resources/report/takoku/document/trips_chousa_houkoku/2019_01.pdf
 ▽注11: (i)から(iv)の類型ごとに、どの仕向地への輸出及び再輸出が可能になるかが決まっている。
 ▽注12:仕向地がキューバ、イラン、北朝鮮、スーダン若しくはシリア、又はENC例外が適用可能と定められていない他の制裁対象(ウクライナのクリミア地域等)の場合には、この例外は適用されない。
 ▽注13:Mayer Brown法律事務所の2020年5月22日付ニュースリリース https://www.mayerbrown.com/en/perspectives-events/publications/2020/05/cfius-proposes-rule-to-refine-mandatory-filing-requirements-and-tie-the-critical-technologies-requirement-solely-to-export-control-authorizations
 ▽注14:第3の2(2)(iv)に記載の商務省カントリーチャートにおいて、横軸が日本であれば「X」の記載が無いが、一部の他国については「X」の記載があるという状況である。
 ▽注15:2020年1月に、地理空間画像の自動解析用に特別に設計したソフトウェアのうち、所定の機能を有するものが、新たに輸出管理の対象に加えられたが、これをECRAに基づく新興技術の特定であると評価するか否かについては、米国法律事務所の間でも見解が分かれている。他方、同年6月、生物化学兵器に使われ得る品目を商務省規制品目リストに追加した際には、BISは明示的に当該追加がECRAに基づく新興技術の特定であると述べている。また、BISは同年11月、核酸の合成・結合を行うための装置で、商務省規制品目リスト上、ECCN 2B352.jとして規制されているものの作動のためのソフトウェアを新たにECCN 2D352として規制対象に加えることに関するパブリックコメント募集を公告したが、その際も、同じくECRAに基づく新興技術の特定であると明記していた。