メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

海外法務に携わる意義 ―メキシコ駐在中の弁護士が考えること―

西山 洋祐

西山 洋祐(にしやま・ようすけ)
  2012年、東京大学法学部卒業。2014年、東京大学法科大学院修了。2015年、弁護士登録後、アンダーソン・毛利・友常 法律事務所に入所。2020年、米国University of Chicago Law School 修了(LL.M.)。同年7月からメキシコのBasham, Ringe y Correa, S.C.法律事務所勤務。
 2020年6月末からメキシコに駐在している。「どうしてメキシコで勤務しようと思ったのですか?」とのご質問をいただくことがこれまで何度かあった。「人があまりしていないことをしてみたかった」と答えてきた。これは真実であるが全てではない。もう一つの大きな理由は、ある国際弁護士への憧れであった。幸運にも、弁護士になって2年ほどした頃、中国法務の先駆者として高名なその方にお会いすることができた。その際、「どうして中国法務を始めようと思われたのですか?」と質問したところ、いただいたご返答が「人があまりしていないことをしてみたかった」であった。当時、メキシコ研修が実現するとは思ってはいなかったが、将来、中南米、とりわけメキシコ法務を専門にしていきたいと考えている旨をお伝えしたところ、「ぜひ挑戦したらいいでしょう。」と背中を押してもらえた(というように受け止めている)。

メキシコの法制度等

 メキシコは成文法中心の法体系を採用している点で日本と類似する。一方で連邦制を採用しており、連邦法の他に法分野によっては州独自の規制が存在するという点で米国の法制度にも類似している。例えば、民法は連邦法で一般原則が定められ、各州が州の民法で細則・特則を定めるという形になっている。

 法は公用語であるスペイン語で成文化されている。法令は政府のウェブサイトで閲覧可能である(注1) 。英訳が存在する法令もあるが、数は少ない。また、英訳の正確性に疑問を感じる箇所も少なからずある。

 メキシコで弁護士になるためには、原則として約5年間大学に通い、学位を取得する必要がある。日本の司法試験に相当する試験はない。ロースクール生の多くは学校に通いつつ、並行して法律事務所で勤務する。卒業後、そのままその法律事務所に勤務する者もいれば、別の法律事務所に勤務する者もいる。

日本との関係

 メキシコの主要な貿易相手国は米国であり、輸入全体の約5割、輸出に至っては全体の8割を占める(注2) 。歴史的背景の他、地理的近接性や時差がほとんどない(米国中部時間と同じ)ことなどが両国のつながりの要因と思われる。

 一方で、近年、日本企業のメキシコへの進出も盛んである。進出日系企業拠点数は2010年から一貫して増加している(注3) 。2010年から2019年までの9年間で3倍弱にまで増加している(注4)

 政府間レベルで見ても日本とメキシコのいずれも環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(通称CPTPP)に参加しており、また、今年の1月の茂木外務大臣による中南米とアフリカの8カ国歴訪においてメキシコが最初の訪問先に選ばれたことなどからも今後両国の関係はより一層強固になるものと推測される(注5)

日本の弁護士がメキシコ法務に携わる意義

 国際法務を担う弁護士として、依頼者のためにできることを全面に押し出していきたいところであるが、最初に限界について話すことにする。まず、メキシコの弁護士資格を持たない場合には、メキシコ法について意見を述べることができない。上述の通り約5年間ロースクールに通う必要があることから、筆者のような日本の弁護士がメキシコの弁護士資格を取得するのは現実的ではないだろう。また、現状、メキシコにはいわゆる外国法事務弁護士の制度は存在しない。仮に将来かかる制度ができたとしても、活動には制限や条件が付されるだろう。従って、案件の進行のためにはメキシコの弁護士の協力が不可欠である。

 一方で、国際展開を進めている日本企業の法務部門には英語が流暢な方や海外ロースクールのLL.M(法学修士)を取得している方もおり、現地法律事務所の弁護士と直接コンタクトを取ることも可能である。

 以上より、一つの疑問が生じる。日本の弁護士がメキシコ法務に携わることで、価値を提供できるのだろうか。以下に述べる理由より、日本の弁護士だからこそ提供できる価値があると考える。

 1)論点の指摘

 類似の条文が存在する場合、日本法上の論点はメキシコ法上も論点であることが多い。例えば、日本の個人情報保護法上もメキシコのデータ保護法上も個人情報の移転に際しては原則としてデータ主体の同意が必要であるが、いずれも法令に基づく場合には同意は不要とされている。日本の個人情報保護法上、この「法令」には外国の法令は含まれないとされている(注6) 。この論点についての知識があれば、メキシコ法上の例外もメキシコの法令に基づく場合に限られるのではないかとの仮説が立つ(ちなみにメキシコ法上も「法令」は国内法、すなわちメキシコ法に限られる。)。

 逆に、メキシコの弁護士にとっては当然だと思われているようなメキシコ法上の制度やルールであっても、日本企業にとっては馴染みがなく疑問に思われるものも少なくない。日本の弁護士だからこそ、このようなポイントに気付くことができる。

 2)複数の法域についての知識に基づく比較法的分析と説明

 ある法域に存在する概念や制度が他の法域には存在しないということはしばしばある。存在しない概念や制度を説明することは難しい。定義・趣旨・要件・効果及び具体例の説明だけでは明快でないこともある。

 幸いにして、上述の両国の関係からか、メキシコの弁護士やビジネスパーソンには米国の法制度に詳しい人が少なくない。そこで、日本企業からの質問をメキシコの弁護士に説明するような場合、米国の類似の制度との共通点と相違点を説明することで理解を得られる場合がある。例えば、メキシコでの裁量労働制の採用の可否と手法が問題となった場合、前提として日本の裁量労働制について説明する必要があるが、メキシコには同制度は法制度としては存在しない。そこで、同制度の趣旨・要件・効果等の説明に加え、米国のホワイトカラーエグゼンプションとの共通点と相違点を説明することなどが望ましい。なお、メキシコには裁量労働制が法制度としては存在しないが、契約により類似の効果をもたらすことは可能である。

 メキシコで法人を設立する場合、日本企業が採用する会社形態は概ねSociedad Anónima又はSociedad de Responsabilidad Limitadaのいずれかである。Sociedad de Responsabilidad Limitadaについて説明をする際には、米国のLimited Liability Company又は日本の合同会社類似の会社であることと、それぞれとの相違点を説明するようにしている(もちろんSociedad Anónimaとの相違点も説明する)。

 加えて、類似の管轄当局(例えば金融庁や公正取引委員会等)であっても法域が変わればその姿勢や態度に相違がある。かかる相違を指摘し説明することや、相違を理解した上で当局対応をすることにも大きな価値があると考える。メキシコの当局の反応等の見通しを説明する際には、日本の類似の当局の対応と比較しながら説明することもできる。

 3)現地法、ビジネス慣習、語学力、異文化理解を根幹とする「現場力」

 まだ1年足らずの駐在の段階で申し上げるのは甚だ恐縮であるが、一定の法域を長年専門としていくことによりいわば「現場力」が養われるものと考える。法律のみならず文化や慣習に対する理解が深まり、また現地での人脈も構築される。加えて、現地の公用語の習得により情報収集能力が一層高まる。メキシコ法については現状、英文の文献でさえ限定的である。機械翻訳技術の向上により多少状況は変わるのかもしれないが、少なくとも現時点ではスペイン語力が調査能力を大きく左右している。

 また、現地で生活することで固定観念や偏見から解放されることもある。例えば、メキシコ人には長時間労働者が多い(注7) (週の法定労働時間も48時間であり日本より長く設定されている)。失礼極まりないのを承知で申し上げると駐在するまではメキシコ人に勤勉なイメージは全くなかった。また、メキシコは昼夜問わず暖かい熱帯気候かと思っていたが、それも誤りであった。メキシコシティは標高約2,200mに位置しており、昼間は25度くらいまで達するものの、朝晩は夏でも10度前後まで冷え込む。勝手なイメージから夏服しか持たずに駐在を開始した筆者は体調を崩し、研修先の同僚にセーターと毛布を貸してもらうこととなった(危機管理力のなさを猛省した)。彼のことは今でも救世主のように思っている。

 メキシコに関する理解が深まれば、メキシコの弁護士やビジネスパーソンとより一層効果的に意思疎通をすることが可能となり、良き「相方」になれると信じている。

最後に

メキシコでの勤務先であるBasham, Ringe y Correa, S.C.法律事務所の同僚と撮影
 上述の通り、日本の弁護士がメキシコ法務に携わることで提供可能な価値について綴ったが、これらを完全に実現するのは容易ではないだろう。日本法のみならずメキシコ法と米国法についての広い知識及び深い理解に基づく分析力、案件を円滑に進め、各国の利害関係者を調整するのに必要な語学力と人間力等の能力が不可欠であろう。一方で、だからこそ挑戦してみたいという気持ちがあり、また職業人として人生を賭ける価値があると感じている。

 最後に、メキシコ駐在が実現したのはアンダーソン・毛利・友常法律事務所の中南米プラクティスチームの先人たちのおかげである。中南米プラクティスと現地法律事務所とのネットワークをほぼゼロから築いた先人たちの苦労には頭が下がる思いであり、感謝しかない。与えられた機会を活かして一人の国際弁護士として成し遂げたいと思っていることは幾つもあり、そのための覚悟も自信もある。その過程でいつの日か春秋に富む後進の方々を触発することができるのであれば冥利に尽きる。

 ▽注1http://www.diputados.gob.mx/LeyesBiblio/index.htm
 ▽注2https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mexico/data.html
 ▽注3: 外務省「海外進出日系企業拠点数調査令和元年版)」https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page22_003410.html、「海外在留邦人数調査統計(平成29年版)」及び「海外在留邦人数調査統計(平成25年版)」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/page22_003338.html
 ▽注4: 外務省「海外進出日系企業拠点数調査(令和元年版)」https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page22_003410.html及び「海外在留邦人数調査統計(平成25年版)」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/page22_003338.html
 ▽注5https://www.mofa.go.jp/mofaj/la_c/m_ca_c/mx/page3_002985.html
 ▽注6https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_offshore/#a2
 ▽注7: 統計データとして、https://data.oecd.org/emp/hours-worked.htm