記者の文書開示請求で判明した「有害事象」の発生と試験実施計画の変更
東京大学医科学研究所「知らされなかった有害事象」①
出河 雅彦
より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では具体的な事例を検証する。その第6弾として取り上げるのは、東京大学医科学研究所が開発した医薬品の候補物質を使って医科研附属病院が行った臨床試験で発生した有害事象に関する情報を、医科研が同種の候補物質を臨床試験用に提供していた他の医療機関に伝えていなかった問題である。筆者はこの問題を同僚記者とともに取材し、いまから約10年前に朝日新聞に掲載した記事で伝えた。取材に対し東大医科研は、情報を伝えなかったことについて「法的、医学的にも倫理上も問題ない」と反論し、医学会の有力者の一部からも報道を批判する声が上がった。安全性、有効性が確立していない医薬品の候補物質を人体で試す臨床試験では、研究対象となる被験者の健康被害を防ぐために一般診療とは異なる厳格な管理が必要であることはこのシリーズで繰り返し述べてきた。東大医科研の対応をめぐる筆者らの報道に対する医学会の強い拒否反応は、臨床試験に対する日本の医学研究者の認識不足を示したものと筆者は受け止めた。第1回の本稿では、法人文書の開示請求によって有害事象の発生を把握するまでの経緯をたどる。
東京大学医科学研究所=東京都港区白金台
東大医科研が他の医療機関に有害事象に関する情報を伝えていなかったことを報じる記事は、2010年10月15日付朝日新聞朝刊の1面に掲載された。
「臨床試験中のがん治療ワクチン『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」という見出しの記事で
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