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刑事訴訟記録の永久保存の拡充、法務省が各地検に指示

外部要望やアーキビストの意見も聞いて刑事参考記録を指定する制度に

奥山 俊宏

 歴史の史料として後世に引き継ぐべき重要な刑事裁判記録の大部分が各地の検察庁によって漫然と廃棄されていた問題で、法務省刑事局は、半永久的に記録を保存する「刑事参考記録」指定の対象を従来より広げる運用に改める3月29日付の通達改正を各検察庁に連絡した。検察庁任せにするのではなく、本省刑事局で、国立公文書館長の認証を受けた歴史公文書の専門職 アーキビストや新聞社幹部、研究者らに「刑事参考記録アドバイザー」を委嘱し、外部の意見を聞く制度も設ける。法務省の川原隆司刑事局長は通達改正に先立ち、「外部の視点を踏まえながら、新たな枠組みの下におきましては、より一層適切な刑事参考記録の指定に努めてまいりたい」と述べた。

拡大国立公文書館に試行的に移管された刑事参考記録=3月30日、東京都千代田区北の丸公園の国立公文書館で
 民事訴訟の記録は事件終結後も裁判所で保存されるが、刑事訴訟の記録については、確定後、一審の裁判所から対応する検察庁に移され、刑事確定訴訟記録法のルールに従って、主に地方検察庁で一定の年限、保管される。確定後3年は一般の人も閲覧できる建前となっている。「全国的に社会の耳目を集めた犯罪」や「重要な判例となった裁判」などの訴訟記録については、各検察庁の長が「刑事法制及びその運用並びに犯罪に関する調査研究の重要な参考資料」として「刑事参考記録」への指定を法相に上申し、ほぼ永久に保存するルールになっている。昨年末時点で854件が刑事参考記録に指定されている(注1)

 ところが、裁判所で民事訴訟記録の永久保存(特別保存)の制度が形骸化し、重要な民事訴訟記録の多くが廃棄されていた問題が2019年2月に朝日新聞の報道で表面化(注2)。同年11月、国会での質疑をきっかけに(注3)、刑事訴訟記録の保存状況についても法務省が調べることになった。その結果、戦後の最高裁大法廷で違憲の判断が下された刑事裁判9件のうち8件で訴訟記録が廃棄されるなど保存に漏れがあることがわかった(注4)

 世間の問題意識の高まりを受けて、法務省は2019年11月、保管中のすべての刑事裁判記録の廃棄を留保。12月、省内にプロジェクトチームを設け、刑事参考記録の指定のあり方について検討を始めた。これに加えて、2020年9月に法相に着任した上川陽子氏から事務方に対し、「法務省、検察の内部からでは必ずしも気づかない多角的な視点が指定の判断に反映されるように」との指示があったという。

 プロジェクトチームの検討結果はこの2月に取りまとめられ、同月12日、同省から発表された。それによると、今後は、弁護士会、裁判所、学術研究者らから各検察庁に刑事参考記録の指定を要望できることを周知し、要望があったときは各検察庁はこれを十分に斟酌(しんしゃく)する。もし仮に要望を受け入れず、指定の必要はないと判断しようとする場合には必ず、本省の刑事局に意見を照会し、刑事局で外部の有識者の意見を聴く。この結果、法務省本省として「検察の判断とは異なり、指定の必要がある」と判断し、刑事参考記録への指定を上申するよう検察に指示する場合がありうる。したがって、学術研究者らから永久保存の要望があった記録については、検察だけの判断での廃棄は禁止されることになる。

拡大妻を毒殺したとして群馬県利根郡の男(54歳)が罪に問われた事件の訴訟記録。事件は1887年(明治20年)6月1日ごろに発生し、同年9月に前橋軽罪裁判所の予審判事によって前橋重罪裁判所に移された。被告行方不明のまま同裁判所の検事によって12月7日に公訴が提起され、欠席裁判で同月27日に死刑の判決が言い渡された。公訴状、探偵書、鑑定書、証人調書、参考人調書、検事意見書などが刑事参考記録として前橋地検で保存されていた。2020年3月31日、国立公文書館に移管された。「時の経過」を考慮し、審査を経て公開された。
 刑事局が刑事参考記録の指定に関し意見・助言を得る外部の有識者については、▽法務省の特別顧問、▽法制審議会の委員、▽国立公文書館長の認証する「アーキビスト」の資格者――らの中から、「刑事参考記録アドバイザー」を委嘱し、指定の判断に関わってもらう。具体的には、同省の特別顧問として井上正仁・東京大学名誉教授(刑事訴訟法)、同省の法制審議会委員として、佐伯仁志・東京大学名誉教授(刑法)、大沢陽一郎氏(読売新聞幹部)への「刑事参考記録アドバイザー」委嘱が2月末までに決まった。

 また、刑事参考記録に指定しなければならない記録の類型をより客観的な内容に定めることで、基準を従来より分かりやすく具体化し、指定判断のばらつきを小さくする。すなわち、①検察審査会で起訴議決がされて指定弁護士が起訴した事件、②最高裁判所の刑事判例集(刑集)、裁判集刑事(集刑)、「判例百選」など主な判例集に掲載された事件、③主要全国紙の一面に掲載されるなど大きく報道された事件――については、今後はすべて刑事参考記録に指定する。

 このうち①の検審起訴事件は2001年5月の「強制起訴」制度化からこれまでに10件ある。こうした事件の記録は「検察審査会の運用に関する実情調査のほか、起訴議決制度のあり方に関する研究のため有益」と考えられる一方で、量刑が軽いものや無罪となったものは保管期間が短いため、今回の通達改正で新たに指定上申の類型に追加された。たとえば、福島第一原発事故をめぐって東京電力の元会長らが起訴され、一審で無罪判決を受けた事件の記録は将来、刑事参考記録となり、ほぼ永久に保存されることになる。

 ③の「主要全国紙一面」基準については、2月26日の衆院予算委員会第三分科会で、山尾志桜里議員(国民民主党)から「全国紙の一面というのは、やはり相当ハードルが高い。そして、これが例示をされると、各地方検察庁でも、この『全国紙一面』というのがかなり頭にたたき込まれて、判断が狭くなるというリスクを感じる」との指摘があった(注5)。これに対して、法務省の川原刑事局長は「必ずしも一面に掲載された事件に限らず、その報道状況に照らして、大きく報道された事件に該当するか否かを適切に判断することとなります。まずは、新たな枠組みが適切に運用されるかどうかを見守り、ご指摘のような意見も参考としながら、不断に検討を行ってまいりたい」と答弁した(注6)

 この点、法務省刑事局から3月29日に各検察庁に出された通達では、「各地における報道状況等の様々な事情を総合的に考慮して適切に判断すべきであるところ、以下に限られるわけではないが、たとえば、主要全国紙の一面に判決結果が掲載されるなど大きく報道された事件」という表現となった。主要全国紙3紙の縮刷版で「毎月のトピック」として判決結果が取り上げられた事件については刑事局から各検察庁に通知し、新たに示された基準に基づいた刑事参考記録の指定が確実になされるようにする、という。

 各検察庁で判断が難しい場合には、「廃棄した刑事裁判記録は復元できないことに鑑み(中略)刑事局に相談の上、積極的に(刑事参考記録指定を)上申されたい」と周知する。各検察庁に指定の意向がない場合や、通達の類型にあてはまらない場合であっても、刑事参考記録として保存すべき記録がありうるとして、本省刑事局が必要に応じて有識者の意見を聴いた上で指定の上申を各検察庁に指示する道も設ける。

 今後、法務省は、刑事参考記録の指定に関して手引きを作成して全国の検察庁に配布。検察事務官を対象に研修を行う。国立公文書館の協力もあおぐ。

 過去、刑事確定訴訟記録法のルールに従えば当然保存しなければならないような訴訟記録がこれまで廃棄されていた実情については、法務省幹部が2月、記者団に対し、

 我々としては、廃棄してしまったことについては、それはそれとして事実として受け止めなければならない。

 (中略)

 法律に定められている枠組みがあるわけですから、これについてはきちんと指定してほしいということで類型を定めていたが、しっかりそこが当てはまってこなかったというか、そういったものが実際に存在していた。

と述べた。そして、今回の運用改正について

 そこを改めていく、という方向性があることは間違いない。

 (中略)

 廃棄してしまった事実を過去振り返るよりも、いまあるもの、廃棄されるべきでないものが残されていくにはどうしたらいいかという前向きな志向のもとでこのプロジェクトで検討してきた。

 (中略)

 これまでの運用がおよそまったくおかしかったとは思っていないんですけれども、漏れてしまうことはあってはならない、ということでどう手当てするかという観点で今回方策を打ち出した。

と説明した。

 上川法相は2月12日の記者会見で「刑事参考記録として指定されるべき記録が、より一層適切に指定され、保存されるようにするため、その指定の在り方を改善することといたしました」「まず対象の拡大をしていくということであります」と述べた。外部のジャーナリストらの記録閲覧が検察庁で不許可とされている実情については、上川法相は「どのようにそれ(刑事参考記録)を活用していただくかということにつきましては、不断の見直しが必要であると考えておりますので、引き続き閲覧のあり方につきましても、検討を進めてまいりたい」と答えた(注7)

 民事訴訟記録を保存する裁判所でも、重要な記録の永久保存(特別保存)に漏れがあることが2019年に判明したのを受けて、全国の裁判所は昨年(2020年)、日刊紙2紙以上や判例集に判決の情報が掲載された事件などの記録を特別保存に付し、また、そのほかの記録についても外部の要望を募って裁判所内の「保存記録選定委員会」で検討するなど新たな仕組みの運用を始めている(注8)(注9)

 ▽注1: 法務省、刑事参考記録一覧(令和2年12月31日現在)。http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji02_00001.html
 ▽注2: 奥山俊宏、2019年2月5日、「著名訴訟の記録廃棄 東京地裁、永久保存の制度生かせず」『朝日新聞デジタル』。https://digital.asahi.com/articles/ASM1D446WM1DULZU006.html
 ▽注3: https://kokkai.ndl.go.jp/txt/120005206X00820191115/115
 ▽注4: 奥山俊宏、2020年5月18日、「違憲判例の刑事訴訟記録9件中8件廃棄 法務省が改善検討チームを設置」『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』。https://webronza.asahi.com/judiciary/articles/2720051700001.html
 ▽注5https://kokkai.ndl.go.jp/txt/120405268X00220210226/128
 ▽注6https://kokkai.ndl.go.jp/txt/120405268X00220210226/129
 ▽注7: 法務省、「法務大臣閣議後記者会見の概要 令和3年2月12日(金)」。http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00170.html
 ▽注8: 奥山俊宏、2020年5月18日、「民事訴訟記録の保存、運用改善へ最高裁が全国の裁判所に態勢整備を指示」『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』。https://webronza.asahi.com/judiciary/articles/2720051700003.html
 ▽注9: 奥山俊宏、2020年10月24日、「全国の裁判所で保管中の民事訴訟記録、一般から『永久保存』要望を受け付け」『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』。https://webronza.asahi.com/judiciary/data/2720102400001.html

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡は okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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