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【要旨】福島第一原発事故で東京電力元会長らが起訴された刑事裁判の一審判決の要旨

 第1 本件公訴事実の要旨

 被告人勝俣は、平成14年10月から東京電力代表取締役社長、平成20年6月から代表取締役会長として、東京電力が福島県双葉郡大熊町に設置した福島第一原子力発電所(本件発電所)の運転、安全保全業務に従事し、被告人武黒は、平成17年6月から常務取締役、原子カ・立地本部本部長、平成19年6月から代表取締役副社長、同本部本部長、平成22年6月からフェローとして、被告人武藤は、平成17年6月から執行役員、同本部副本部長、平成20年6月から常務取締役、同本部副本部長、平成22年6月から代表取締役副社長、同本部本部長として、それぞれ被告人勝俣を補佐して、本件発電所の運転、安全保全業務に従事していた。被告人3名は、いずれも上記各役職に就いている間、本件発電所が想定される自然現象により原子炉の安全性を損なうおそれがある場合には、防護措置等の適切な措置を講じるべき業務上の注意義務があったところ、本件発電所に小名浜港工事基準面から10mの高さ(O.P.+10m)の敷地(10m盤)を超える津波が襲来し、その津波が非常用電源設備等があるタービン建屋等へ浸入することなどにより、本件発電所の電源が失われ、非常用電源設備や冷却設備等の機能が喪失し、原子炉の炉心に損傷を与え、ガス爆発等の事故が発生する可能性があることを予見できたのであるから、そのような事故が発生することがないよう、防護措置等の適切な措置を講じることにより、これを末然に防止すべき業務上の注意義務があった。被告人3名は、これを怠り、防護措置等の適切な措置を講じることなく、漫然と本件発電所の運転を継続した過失により、平成23年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(本件地震)に起因して襲来した津波が、10m盤上に設置されたタービン建屋等へ浸入したことなどにより、同発電所の全交流電源等が喪失し、非常用電源設備や冷却設備等の機能を喪失させ、これによる原子炉の炉心損傷等により、①3月12日午後3時36分頃、1号機原子炉建屋の水素ガス爆発等を惹起させ、その外部壁等を破壊させた結果、飛び散ったがれきに接触させるなどして、3名に骨折等の傷害を負わせ、②3月14日午前11時1分頃、3号機原子炉建屋の水素ガス爆発等を惹起させ、その外部壁等を破壊させた結果、飛び散ったがれきに接触させるなどして、10名に骨折等の傷害を負わせ、③双葉郡大熊町所在の双葉病院の入院患者31名及び同町所在のドーヴィル双葉の入所者12名を、上記水素ガス爆発等により、長時間の搬送や待機等を伴う避難を余儀なくさせた結果、3月14日頃から29日までの間に、搬送の過程又は搬送先において死亡させ、④上記水素ガス爆発等により、双葉病院の医師らが同病院から避難を余儀なくさせられた結果、入院加療中の1名に対する治療及び看護を不能とさせ、これにより同人を、3月15日頃、同病院において死亡させた。

 第2 前提となる事実

 1 東京電力による本件発電所の設置、運転

 本件地震発生当時、東京電力は本件発電所を設置、運転し、原子カ・立地本部が本件発電所の運転・安全保全業務を統轄し、同本部内の原子力設備管理部が設備の中・長期的課題の集約・検討、長期保全計画の策定、設備管理の取りまとめ、技術検討、耐震設計に関する検討•取りまとめ等の業務を分掌し、同部内の土木グループ(組織変更に伴う名称変更にかかわらず「士木グループ」という。)が津波水位評価の業務を分掌していた。

 2 被告人らの東京電力における地位と権限等

 被告人らは、東京電力において、公訴事実記載の期間、同記載の役職に就き、所定の権限を有していた。

 3 本件発電所の概要

 (1)配置、構造
 本件発電所は、福島県双葉郡大熊町及び同郡双葉町にまたがって位置し、敷地東側が太平洋に面し、6基の沸騰水型軽水炉が設置されていた。このうち1号機~4号機は、原子炉建屋、タービン建屋等の主要建屋が10m盤に配置され、非常用海水系ポンプが海側の4m盤の屋外に配置されていた。

 (2)1号機~3号機の安全機能
 原子炉施設には、放射性物質の施設外への漏出を防止するために、原子炉を速やかに停止する「止める機能」、炉心の冷却を続ける「冷やす機能」、放射性物質の施設外への漏えいを抑制する「閉じ込める機能」が備え付けられており、各号機においても、各機能を担う設備が備え付けられていたが、「冷やす機能」を担う設備の多くは、制御や駆動のために電源が必要であった。

 (3)1号機~3号機の電源設備
 各号機は、運転中、各号機の発電機から電力の供給を受け、原子炉が停止した場合、本件発電所の外部又は隣接号機の発電機から電力の供給を受け、これらの電力の供給も受けられなくなった場合、タービン建屋地下等に設置された非常用ディーゼル発電機から、建屋地下等に設置された電源盤を経由して電力の供給を受ける設計となっていた。

 4 本件事故の概要

 (1)本件地震の発生と津波の襲来
 平成23年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするMw9.0の本件地震が発生した。この地震は、陸のプレートとその下に沈み込む太平洋プレートの境界で発生した逆断層型地震であり、複数の領域が震源域として連動し、震源域は日本海溝の岩手県沖から茨城県沖までの長さ400km以上、幅約200kmに及び、断層のすべり量は最大50m以上と推定され、規模、震源域とも、国内観測史上最大のものであった。本件地震に伴い発生した護岸における高さ約13mの津波が本件発電所に襲来し、防波堤を越えて全面的に敷地へ遡上し、4m盤及び10m盤の全域が浸水した。

 (2)本件地震発生から津波到達までの1号機~4号機の状況
 本件地震発生時、1号機~3号機は定格出力運転中、4号機は定期検査のため停止中であった。1号機~3号機では、本件地震の震動を検知したため、11日午後2時47分頃、原子炉が緊急停止し、各号機及び隣接号機の発電機から電力の供給を受けることができなくなり、本件発電所の外部から電力の供給を受けることもできなくなって、非常用ディーゼル発電機から電力の供給を受けて、非常用復水器(IC)、原子炉隔離時冷却系(RCIC)等の非常時に炉心を「冷やす機能」を担う設備が作動していた。

 (3)津波到達後の1号機~4号機の状況
 各号機では、津波が襲来して10m盤上のタービン建屋等の主要建屋内に大量の水が浸入したことにより、非常用ディーゼル発電機や電源盤、蓄電池の多くが被水して、電源のほとんどを喪失した。そのため、1号機~3号機では、炉心を「冷やす機能」を喪失した結果、圧力容器内の水位が低下して燃料が露出する状態となり、燃料及び被覆管の温度が急上昇し、被覆管の材料が化学反応を起こして大量の水素ガスが発生するとともに、被覆管の溶融により燃料から多量の放射性物質が放出され、これらが圧力容器から格納容器内に、更に原子炉建屋内に漏えいして蓄積した。1号機では12日午後3時36分頃、3号機では14日午前11時1分頃、それぞれ何らかの原因で原子炉建屋内の水素ガスに着火して原子炉建屋が爆発し、2号機では、1号機の原子炉建屋が爆発した際の衝撃により、原子炉建屋上部のプローアウトパネルが外れて隙間ができ、この隙間から水素ガス及び放射性物質が放出された。4号機では、3号機の格納容器ベントを行った際、3号機で発生していた水素ガスの一部が配管を通じて4号機の原子炉建屋内へ流れ込んで蓄積し、15日午前6時14分頃、何らかの原因でこれに着火して原子炉建屋が爆発した。

 (4)死傷結果の発生
 公訴事実①の3名は、本件発電所1号機の注水作業に従事していたところ、1号機原子炉建屋の水素ガス爆発により飛び散ったがれきに接触し、又は爆風で飛ばされて体を地面に打ちつけたことにより、骨折等の傷害を負った。
 公訴事実②の10名は、本件発電所における事故収束のための作業に従事していたところ、3号機原子炉建屋の水素ガス爆発により飛び散ったがれきに接触し、又はがれきを避けるために走って避難した際に転倒したことにより、骨折等の傷害を負った。
 公訴事実③の43名は、福島県双葉郡大熊町所在の双葉病院(本件発電所の南西約4.5km)の入院患者のうちの31名と、同町所在の介護老人保健施設ドーヴィル双葉(同南西約4.4km)の入所者のうちの12名であり、避難指示を受けて、3月14日午前7時頃から16日午前3時40分頃までの間に、自衛隊によりバス等に乗せられて避難先へ出発したが、長時間にわたる搬送及び待機を伴う避難を余儀なくされた結果、身体に過度の負担がかかり、3月14日頃から29日までの間に、搬送の過程又は搬送先において死亡した。
 公訴事実④の1名は、双葉病院の入院患者であり、残っていた医師らが、3月14日午後10時30分頃、警察官から命じられて病院からの避難を余儀なくされた結果、必要な治療及び看護を受けられなくなったことにより、3月15日頃、双葉病院において死亡した。

 第3 本件の主たる争点

 1 はじめに

 過失により人を死傷させたとして業務上過失致死傷罪が成立するためには、人の死傷の結果の回避に向けた注意義務、すなわち結果回避義務を課す前提として、人の死傷の結果及びその結果に至る因果の経過の基本的部分について予見可能性があったと合理的な疑いを超えて認められることが必要である。

 2 当事者の主張の骨子

 (1)指定弁護士の主張
 本件において前記の予見可能性があったというためには、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来することを予見できたことが必要である。その予見は、もとより一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く程度では足りないが、上記のような津波が襲来する可能性が相応の根拠をもって示されていれば、予見可能性を認めることができる。そして、被告人らは、以下のアからコまでの事実などを重要な契機として、一定の情報収集義務(情報補充義務)を尽くしていれば、上記の予見は可能であった。

 ア 平成14年7月31日、文部科学省地震調査研究推進本部(地震本部)による「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)の公表
 イ 平成18年9月19日、原子力安全委員会による「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂
 ウ これを受けた原子力安全・保安院(保安院)による「耐震バックチェック」の指示
 工 平成19年7月16日に発生した新潟県中越沖地震を契機に、東京電力において継続的に開催されることとなった「中越沖地震対応打合せ」における議論
 オ とりわけ、平成20年2月16日開催の「中越沖地震対応打合せ」における中越沖地震対策センター長の報告
 カ 「長期評価」に基づく東電設計によるパラメータスタディの実施
 キ 平成20年6月10日及び同年7月31日の原子力設備管理部長(担当部長)、対策センター長らによる被告人武藤に対する東電設計の行った津波水位解析に関する報告
 ク 平成21年2月11日開催の「中越沖地震対応打合せ」での担当部長の発言
 ケ 平成21年4月ないし5月頃の担当部長らによる被告人武黒に対する東電設計の行った津波水位解析に関する報告
 コ 士木学会第4期津波評価部会における議論

 そして、被告人らは、10m盤を超える津波が襲来することを予見できたのであるから、10m盤を超える津波の襲来によってターピン建屋等が浸水し、炉心損傷等によるガス爆発等の事故が発生することのないよう、結果回避のための適切な措置を講じることにより、これを未然に防止すべきであった。ここに結果回避のための適切な措置とは、①津波が敷地に遡上するのを末然に防止する対策、②津波の遡上があったとしても、建屋内への浸水を防止する対策、③建屋内に津波が浸入しても、重要機器が設置されている部屋への浸入を防ぐ対策、④原子炉への注水や冷却のための代替機器を津波による浸水のおそれがない高台に準備する対策、以上全ての措置を予め講じておくことであり、⑤これら全ての措置を講じるまでは運転停止措置を講じることである。そして、⑤の運転停止措置を講じることを前提に、被告人らは、遅くとも平成23年3月初旬には、上記の予見が可能であった。

 (2)弁護人らの主張
 本件において前記の予見可能性があったというためには、単に10m盤を超える津波の襲来を予見できただけでは足りず、本件発電所に10m盤及び13m盤を大きく超える津波が敷地の東側正面全面から襲来することを予見できたことが必要である。指定弁護士の主張する結果回避措置を法的に義務付けるには、一般的・抽象的な危惧感ないし不安感では足りないのはもちろん、信頼性及び成熟性の認められる知見に基づく具体的根拠を伴う予見可能性が必要である。「長期評価」は、具体的根拠を示しておらず、結果回避措置を義務付けるに足りる信頼性及び成熟性はなく、東電設計による計算結果どおりの津波が襲来することの予見可能性を生じさせるものではなかった。

 3 本件の主たる争点

 本件の主たる争点は、被告人らにおいて、本件発電所に一定以上の高さの津波が襲来することについての予見可能性があったと認められるか否かであり、その前提として、どのような津波を予見すべきであったのか、そして、津波が襲来する可能性について、どの程度の信頼性、具体性のある根拠を伴っていれば予見可能性を肯認してよいのかという点に争いがある。

 第4 本件における予見可能性についての考え方

 1 予見すべき津波

 業務上過失致死傷罪が成立するためには、行為者の立場に相当する一般人を行為当時の状況に置いたときに、行為者の認識した事情を前提に、前記のとおり、人の死傷の結果及びその結果に至る因果の経過の基本的部分について予見可能性があったと認められることが必要である。

 本件発電所においては、本件地震発生直後に1号機~3号機の原子炉が緊急停止して原子炉を「止める機能」は働いたものの、地震の震動により本件発電所の外部からの電力の供給を受けられなくなった後、10m盤を超える津波が襲来して10m盤に配置されたタービン建屋等の主要建屋へ浸入し、建屋内部に設置された非常用の電源設備等の多くが被水したことにより、電源が失われて炉心を「冷やす機能」を喪失し、炉心が溶融し、水素ガス爆発等が惹起されて人の死傷の結果が生じるに至ったものである。このように、本件事故においては、10m盤を超える津波が襲来して10m盤上のタービン建屋等へ浸入したことが本件事故の発生に大きく寄与したことが明らかであるから、10m盤を超える津波の襲来が、人の死傷の結果に至る因果の経過の根幹部分をなしているというべきである。そして、そのような津波が襲来することの予見可能性があれば、津波が本件発電所の主要建屋に浸入し、非常用電源設備等が被水し、電源が失われて炉心を「冷やす機能」を喪失し、その結果として人の死傷を生じさせ得るという因果の流れの基本的部分についても十分に予見可能であったということができる。したがって、本件公訴事実に係る業務上過失致死傷罪が成立するためには、被告人らにおいて、10m盤を超える津波が襲来することの予見可能性が必要であるが、弁護人らの主張のように、本件事故において現に発生した10m盤における浸水高O.P.+約11.5mないし+約15.5mの津波、又は10m盤若しくは13m盤を大きく超える津波が東側正面全面から襲来することの予見可能性までは不要というべきである。

 2 津波襲来の可能性の根拠の信頼性、具体性について

 (1)はじめに
 指定弁護士は、津波襲来の可能性が相応の根拠をもって示されていれば予見可能性を認めることができる旨主張し、他方、弁護人らは、信頼性及び成熟性の認められる知見に基づく具体的根拠を伴う予見可能性が必要である旨主張している。
 この点については、個々の具体的な事実関係に応じ、問われている結果回避義務との関係で相対的に、言い換えれば、問題となっている結果回避措置を刑罰をもって法的に義務付けるのに相応しい予見可能性として、どのようなものを必要と考えるべきかという観点から、判断するのが相当であると解される。

 (2)結果回避のための防護措置等
 本件結果を回避するために必要な措置について、指定弁護士は、前記のとおり、①津波が敷地に遡上するのを未然に防止する対策、②津波の遡上があったとしても、建屋内への浸水を防止する対策、③建屋内に津波が浸入しても、重要機器が設置されている部屋への浸入を防ぐ対策、④原子炉への注水や冷却のための代替機器を津波による浸水のおそれがない高台に準備する対策、以上全ての措置を予め講じておくことであり、⑤これら全ての措置を講じるまでは運転停止措置を講じることであるとした上で、①から④までの全ての措置を予め講じておけば、本件事故を回避することができた旨主張する。
 しかしながら、指定弁護士の主張を前提としても、いつの時点までに前記①から④までの措置に着手していれば、本件事故前までにこれら全ての措置を完了することができたのか、判然とせず、前記のとおり、10m盤を超える津波襲来の予見可

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