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欠けたピース埋めるか、ザック・ジャパン

速水徹

速水徹

 難航していたサッカー日本代表の新監督が、ようやく決まった。イタリア人のアルベルト・ザッケローニ氏がジャパンの指揮を執る。8月31日に東京都内であった記者会見で氏の肉声に触れたが、穏やかで堅実な語り口が耳に残った。過去、確たる結果を残し、イタリア人なら誰でも知っているとされる経歴を持ちながら、今回の監督就任を「チャレンジ」と表現した57歳。静かな闘志を胸に秘めての船出、という印象だ。

 「ザッケローニ氏」では長いので、愛称のザック、と書かせていただく。ザックは30年弱、イタリアのクラブで、指導者としてのキャリアをこつこつと磨いてきた。1998~99年シーズンにACミランをセリエA優勝に導き、年間最優秀監督に。その後もインテル・ミラノなど名門を率い、昨季はユベントスの監督を務めた。渡り歩いたクラブは13。トップカテゴリーのセリエAは6チームに及ぶ。

 日本協会が今回、新監督選びでポイントとしていたのは「1ランク上のレベルに日本を導いてくれる国際経験豊富な指導者」だ。攻撃的なサッカーを志向することなども条件だった。

 新監督選びに時間がかかったことで、代表の新体制スタートに支障が出た印象は否めない。先のW杯出場国で代表監督が決まっていなかったのは日本と北朝鮮のみ、という状態で、早い国は既に新体制で始動しているからだ。だが、これは協会も「チャレンジ」をしていたためだ。従来はJリーグで指揮経験のある人物や関係者のつてで人選を進めてきたが、今回は初めて監督争奪の市場に参入した。W杯後に実質的な監督探しに乗り出したこともあり、8月中旬に予定していた監督決定が遅れた。交渉の進め方にも甘さがあり、争奪戦で「周回遅れ」になった感は正直あるが、ザックとの契約は悪くなかったのではないかと思う。

 マイナス面を挙げるのは、むずかしくない。ザックは、そもそも「本命」ではなかった。母国以外での監督経験はなく、一国の代表を指揮したこともない。近年は率いたクラブの成績も振るわず、「過去の名将」という見方さえある。イタリアの地元紙は「日本という遊園地に招かれた。遠い過去の指導者としては悪くない」などと手厳しい論評をしたところもある。

 だが、彼は今回、「日本で遊ぶ」つもりなど毛頭なく、むしろ指導者人生の集大成として腰を据えて動く予感がある。実績を持つ欧州の監督として極東からのオファーを受けてやった、という上から目線ではなく、あくまで「挑戦」という姿勢が見えるからだ。「熱意を持ってこのチャレンジに挑みたい」と語る言葉には、落ち着いた響きがある。

 ACミランの優勝実績が華々しいが、むしろ彼らしいのは95年から98年までのウディネーゼ監督時代だ。地方の弱小クラブながら、「カテナチオ」と呼ばれるイタリア伝統の堅守ではなく、トップにフォワード3人を置く攻撃的布陣を展開。97~98年シーズンにセリエAで3位に食い込み、UEFA杯の出場権を獲得した。この時の躍進は「奇跡のウディネーゼ」と賞賛されている。

 単に攻撃的なだけではない。クラブを指揮しているときも、フォーメーションは柔軟に変化させていた。

 記者会見でも「私の印象は『攻撃』かも知れないが、攻守にバランスのあるチームを作ってきた。代表でも同じだ」と言及した。ザックは柔軟な発想力と、現状を打開する手腕を備えた戦略家なのだ。

 岡田ジャパンは当初、W杯で惨敗を予想されていたことを思えば、16強は望みうるベストに近い結果だった。監督、選手のW杯直前の危機感がバネとなり、守備的という現実的な戦法にチームの力がフォーカスされていった。しかし、 ・・・ログインして読む
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筆者

速水徹

速水徹(はやみ・とおる) 

朝日新聞論説委員。1960年生まれ。83年に入社、東京スポーツ部などでプロ野球などを担当。バルセロナ、アトランタ、バンクーバー五輪を取材。東京、大阪社会部では警視庁、遊軍担当。大阪本社スポーツ部長を経て09年から東京本社報道局スポーツグループ記者兼論説委員。共著に『やっとお前がわかった――子どもたちへ』 など。

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