メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

言葉による対話を封じられた果てに

本田由紀

本田由紀 本田由紀(東大教授)

 周知のように、秋葉原事件については、加藤智大容疑者の経歴や、ネット掲示板上に残された大量の書き込みなどを素材として、労働問題系の解釈と承認問題系の解釈が、それぞれバリエーションをはらみつつ、すでに数多く産出されてきた。およそこうした事件の「真の原因」は、他者からの把握の困難さはもとより当人にさえ自覚されていない場合が多く、当人による説明も流通している「動機の語彙」を切り張りしたものになりやすい。それゆえ、これ以上の推測や解釈を上積みすることには不毛さも感じる。しかしその上で、この事件をめぐって筆者にとって強く印象に残っていることをひとつ述べておきたい。

 7月28日に東京地裁で行われた被告人質問の要旨において、加藤は弁護人から事件を起こした理由を質問された際に、まずは、ネット掲示板上での嫌がらせへの対処を管理人に求めたが無視され、事件を起こして報道されることで嫌がらせをやめて欲しい気持ちを伝えようとしたと答えている(2010年7月28日付朝日新聞朝刊記事より。以下すべてこの記事に基づく)。続いて他の理由はなかったかという質問に答えて、加藤は自分の「ものの考え方」をあげている。それは具体的には、「伝えたいことを直接言葉ではなく、行動で示してわかってもらおうとするものの考え方」であり、加藤は「小さいころからの母親の育て方が影響していると思う」と補足している。

・・・ログインして読む
(残り:約1661文字/本文:約2247文字)