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誰もが発信し誰もが逮捕されかねない社会

古西洋

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尖閣諸島沖での中国漁船と日本巡視船の衝突事件を撮影したビデオをインターネット上に流出させた海上保安官の行為をどう考えるべきか。まず、確認しておきたいのは、今回の事件は日本の領海内で起きたという事実だ。「わが国の領海だ」と主張する中国とはこの点が争いになっている。これまでの経過を踏まえれば、日本が実効支配している領海内での出来事であることについては、国際法のうえからも日本の主張の方に理がある。そうなると、日本の領海内で起きた事件であるから、日本の法律が適用されることになる。したがって、海上保安官に対する刑事処分については、日中友好を最優先にするため、中国を刺激しかねない尖閣ビデオはむやみに公表しないという考え方を脇に置いて、ここは純粋に刑事司法の観点から考えるべきだ。そうでなければ、「日本は中国と異なり、法治国家だ」と胸を張ってはいえない。

 さて、日本の刑事司法では、警察官や検察官が逮捕状を請求し、裁判官が審査して逮捕状を発布する。その際の要件は、事件が悪質かどうかではない。(1)容疑者が逃げるかもしれない(2)証拠を燃やしたり、捨てたりしてしまう恐れがある、のいずれかだ。今回は、そのいずれの心配もないので、逮捕状を請求するに至らなかった。菅首相や周辺は逮捕を望んでいたようだが、そうした意向に左右されることなく、検察が通常の事件の通りに判断したということにすぎない。

 残った問題は、そもそも海上保安官の行為が、国家公務員法に定める守秘義務に違反する犯罪なのかどうか、という点だ。問題の尖閣ビデオはまぎれもない証拠物だ。刑事司法では、警察官や検察官に対して証拠物は法廷に提出するまで公開しないことを原則として義務付けている。この点からだけ見ると、海上保安官はこのルールを逸脱していることになる。ただし、とんでもない悪質な行為と批判するには無理がある。映像はなかったものの、衝突事件の顛末についてはすでに公表されていた。尖閣ビデオについては1万人を超す海上保安官のうち、かなりの人が見ていたうえ、国会議員にも要約版が上映されていた。罰せられるほどの「秘密」にあたるかどうかは、議論の分かれるところだ。

 最も重要なことは、たとえ、公開が禁じられている情報であっても、国民の知る権利の方が優先する場合があるということだ。ただ。この観点に立っても、今回の尖閣ビデオは、国民が知っておかないと民主主義が危うくなる日米政府密約や、裏金作りを暴く勇気ある内部告発、といったものと同列には考えられない。 ・・・ログインして読む
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筆者

古西洋

古西洋(こにし・よう) 

朝日新聞記事審査室長兼紙面オンブズパーソン兼紙面審議会事務局長。1955年生まれ。社会部で司法やメディアを担当。論説委員として司法改革や裁判、事件などの社説を執筆。2011年6月から現職。共著に『ルポ自粛』『孤高の王国』『代用監獄』『被告席のメディア』。

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