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「リークツール」の存在を前提にするしかない:ウィキリークス問題から見えること

塚越健司(一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程)

 日本の一般メディアでも、ウィキリークスをめぐる報道を目にするようになった。早くからこの強力な「リークツール」をめぐる論考を発表してきた若手研究者・塚越健司氏が問題点を改めて整理する。私たちは「ウィキリークス以後」の社会に生きていることを覚悟しなければならないのかもしれない。

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 2010年10月末、警視庁公安部が製作した国際テロ捜査に関する内部情報が、ファイル共有ソフトWinny(ウィニー)を経由して流出していたことが発覚した。そして11月4日、尖閣諸島における中国漁船衝突ビデオが、インターネット動画サイト「YouTube(ユーチューブ)」にアップされた。これらインターネットを介した情報流出のニュース、とりわけ日中の政治問題と関連した後者は大きな注目を浴びた。

 このように日本でも情報流出のニュースが大きく取り上げられはじめているが、アメリカを中心とする欧米圏では、機密情報の暴露が専門のインターネットサイトがすでに2007年ごろから広く注目されていた。「ウィキリークス(Wikileaks)」である。本稿では、このウィキリークスの活動を概観しながら、ネット時代に新たに登場した「リークツール」の影響力について論じたい。

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ウィキリークスとは

 ウィキリークスは、オーストラリア出身のジャーナリスト兼元ハッカーのジュリアン・アサンジ氏が中心となり、2006年に設立したインターネット告発サイトである。世界中から内部告発、すなわち「リーク」情報を募り、現在まで、120万件のリーク情報がサイトに寄せられている。著者がサイトを調べたところ、およそ1万7千件のリーク情報が公開されている。近年では簡易ブログサイトTwitter(ツイッター)でも積極的に情報を公開しており、重要なリークはTwitterを通して世界中を駆け巡る。

 ウィキリークスは、アサンジ氏を中心とする数人のフルタイムで活動するメンバーと、登録された800~1200人と言われるボランティアスタッフから構成される。また、運営費用に関しては、政府や特定企業等からの献金は一切受けず、人権団体やジャーナリスト、一般人からの寄付で賄っている。

ウィキリークスのリーク事例

 ウィキリークスが公開した数多くの事例の中から、重要なものをいくつかあげたい。

 まず、2007年に、ケニアの元大統領ダニエル・アラップ・モイの汚職に関する情報を公開。ケニアでは大きな問題となった。翌08年には、アメリカ発祥の宗教団体サイエントロジーおよびモルモン教の内部資料を公開。ウィキリークスが宗教の領域に足を踏み入れたことでも話題となった。

 企業については、以下のような事例がある。08年、スイスのジュリアス・ベアー銀行のマネーロンダリングに関する情報を公開。銀行側が機密情報の公開を理由にウィキリークスのドメイン名登録会社を告訴し、一時はウィキリークスサイトの閉鎖命令が出された。しかし、全世界に散在するミラーサイトが情報を流し続けるとともに、市民団体などの批判もあって結局、銀行側が告訴を取り下げる結果となった。ネガティブな情報を払拭するために起こした裁判がもとで、逆にジュリアス・ベアー銀行は有名になってしまったのだ。

 2010年には、事態がさらに加速。4月にイラクの米軍によるヘリからの一般人誤射映像(07年7月撮影)が公開された。Twitterによりこの情報が拡散して、日本でも注目を浴び、「YouTube」では700万回を越えて再生された。また7月25日には、アフガニスタンにおける米軍に関する7万7千点近くの資料が公開されるとともに、10月22日には、イラク戦争の米軍に関する40万件に及ぶ資料が公開された。

 これらの事件は主に海外で大きく取り上げられているが、いかにウィキリークスのリークが過激なものであるかがわかるだろう。11月4日放送のNHK「クローズアップ現代」でも、ウィキリークスを特集し、ジュリアン・アサンジ氏へのインタビューを行っている。ウィキリークスは日本でもようやく注目されはじめていると言える。

 また、本稿執筆時点の11月末現在、ウィキリークスはアメリカの外交公電の公開を開始した。25万点を超える公電のうち、現段階の公開は一部だが、随時、文書は追加されるという。文書には日本を含む世界各国に関わるものがあり、今後さらに議論を呼ぶだろう。

ウィキリークスの新しさ

 ウィキリークスの最大の特徴は、そのリークの手軽さと堅固な匿名性の維持にあるといえる。リーク情報を収集し公開するには、情報提供者のプライバシー保護が必要となる。既存メディアが「情報源の秘匿」原則を重んじるのはそのためだが、ウィキリークスはどのような対策を講じているのだろうか。

 リーク情報提供者のプライバシーを確保するために、ウィキリークスは、投稿者情報のログを極力取らない、強固なセキュリティ技術を持ったスウェーデン企業「PRQ(PeRiQuito AB)」のホスティングサービスを使用している。また、世界中にミラーサイトを設置することで、情報を常に発信し続けるシステムも構築している。さらに軍レベルの暗号化技術を使用することによって、提供者の匿名性を維持している。

 今年6月、自らウィキリークスへのリーク経験を語ったがために、米軍兵ブラッドレイ・マニング氏が逮捕されたという事件があったが、これはウィキリークスの技術力を否定するものではない。この唯一の例外を除けば、ウィキリークスへのリークがきっかけで身元が割れた人物は、現在までいない。

 ウィキリークスへの情報提供は非常に容易である。ウィキリークスのHPのリーク投稿欄に、文章データないし動画データを送信するだけである。それだけで、後はウィキリークスのスタッフによって内容が審査され、適正と判断されたものが公開される。情報提供者は、手軽に、そして匿名性を維持したまま、リークが実行できるのだ。

ウィキリークスへの批判

 このように過激なウィキリークスの活動には、もちろん批判も多い。もともと政府や企業のスキャンダルを数多く取り上げていることから、各国政府や特定企業からの批判や提訴、捜査がたびたび生じてもいる。

 しかし、今年7月25日にウィキリークスが公開したアフガン戦争における米軍の資料に関しては、それ以外の問題も生じた。当初9万2千件あった資料のうち、公開すれば現場の人間の生命に関わると判断された1万5千件の資料は公開を見送り、残る7万7千件の資料が公開された。しかし、公開された資料の中にも、米軍に協力したアフガニスタンの村の村長などの名前が実名で記載されていた。その後、情報公開から1週間足らずのうちに、米軍に協力したとされるアフガニスタン人がタリバン兵に殺害されるとともに、現地の長老等に殺害予告が送られるという事件が生じた。これらがウィキリークスの情報公開によって生じたものかについては定かではない。しかし、実名の記載が個人の生命を危険に晒したことは間違いない。

 こうした事件がきっかけとなり、ウィキリークスを支援し、2009年にはニューメディア賞を与えていた人権団体「アムネスティ・インターナショナル」や「国境なき記者団」が、相次いでウィキリークスに抗議。人名に関わる文章の取り扱いについて、ジャーナリズムが施すべき加工がなされていないことを批判した。

 ウィキリークスが意図的に実名を公開したのか、それとも隠し忘れたのかは定かではないが、この抗議に対してアサンジ氏は謝罪していない。いずれにせよ、この事件をきっかけに、ウィキリークスは英雄的組織なのか、あるいは犯罪集団なのか、という議論が欧米を中心に話題となった。

ウィキリークス以外にもあるリークの可能性

 「リーク」された情報そのものの世界的な価値の高まりは、ウィキリークスが公開した機密情報にとどまらない。

 昨今の金融危機で経済的に苦境に立たされたアイスランドでは、ウィキリークスの助力もあり、今年6月15日に「アイスランド・メディア・イニシアチヴ=Icelandic Modern Media Initiative(IMMI)」という法案が可決された。

 この法案の目的は、

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