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「激論 デジタル教育は必要か~教育の未来を考える」中村伊知哉×田原総一朗×一色清

取材協力、まとめ:早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース 今枝宏光、根岸友実、丸山紀一朗

中村伊知哉(左)、田原総一朗(中)、一色清(右)が持論をぶつけ合った=写真は丸山紀一朗撮影
 電子書籍元年とも言われる2010年。2人の論客がデジタル教育をめぐる著書を相次いで著しました。慶応大学大学院教授の中村伊知哉氏らの手になる『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ)とジャーナリストの田原総一朗氏による『緊急提言! デジタル教育は日本を滅ぼす』(ポプラ社)です。デジタル技術を利用して教育を革新できるという中村氏に対して、田原氏はデジタル教育は「日本を滅ぼす」と主張します。国際的にみて学力低下が叫ばれて久しい日本。その教育をどうすればいいのか。2人の論客がWEBRONZAの一色清編集長のコーディネートのもと、徹底的に激論を闘わせました。白熱の議論を2万2000字で克明に再現。

※この論議は東京・赤坂の融合研究所で11月14日に行われ、当日はユーストリームとニコニコ生放送で生中継されました。

■中村伊知哉 なかむら・いちや/慶応大学大学院メディアデザイン研究科教授。デジタル教科書教材協議会副会長などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部のほか、総務相、文部科学省などの委員も務めている。

■田原総一朗 たはら・そういちろう/早稲田大学文学部卒業。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」に出演。政治、経済、メディアなどをテーマに精力的な評論活動を続けている。

■一色清 いっしき・きよし/朝日新聞編集委員、テレビ朝日「報道ステーション」コメンテーター、「ウエブロンザ」編集長。朝日新聞社では、経済部などを経てアエラ編集長。beエディターなどを務めた。

 

◇デジタル教科書の現状をめぐって◇

一色 最近、デジタル教育という言葉をよく聞くようになりました。総務省は昨年12月、原口ビジョンを出し、2015年をめどに全国の小中学校の児童、生徒全員にデジタル教科書を配備するという計画を打ち出し、今年7月にはデジタル教科書教材協議会が結成され、全国の10の小学校で実証実験が始まっているとのことです。こうしたことを背景に、デジタル教育の是非を巡る議論がジワジワと起こり始めていています。出版界でもジャーナリストの田原総一朗さんが『デジタル教育は日本を滅ぼす』という本を7月に出され、10月には慶応義塾大学教授で、デジタル教科書教材協議会の副会長でもいらっしゃる中村伊知哉さんが『デジタル教科書革命』という本を出版なさいました。この中では、田原さんの『デジタル教科書は日本を滅ぼす』にも言及され、徐々に議論も盛り上がっています。

 教育というのは本当に大切で、しかも多くの人が関心をもっている分野だと思います。他の分野と教育の分野でのデジタル化の違いは、他の分野では便利になるということ自体が目的になる。しかし、教育の分野では便利になるということが目的ではなく、子供たちが賢く、たくましく健康に育つということが目的となります。そのためにデジタル教育が役に立つのかどうかよくわからない。そういうところで議論が盛り上がるのだと思います。 

 では、「デジタル教育が日本を滅ぼす」という田原さん、「デジタル教育が日本を救う」という中村さん、お二方でデジタル教育に関する激論を交わして頂きたく思います。それではご出演の二人から本の紹介も兼ねて、まずは一言ずつお願いします。中村さんからよろしくお願いします。

中村 ご紹介いただきましたように『デジタル教育革命』という本を先ごろ出したのですが、これは教育の情報化を今こそ進めましょうという本です。日本はこの面で後進国になっていると思っています。ですから、今回の原口ビジョンなどを好機として、少しでも前に進めたいということを書きました。そして、先程の紹介にもありましたように、デジタル教科書教材協議会を7月に立ち上げました。こうした動きを軸にして、今、日本や世界で何が起きているのかということを整理した本です。

田原 僕もツイッターもやっていますし、電子書籍なども出てきて、それらの動きにはみんな賛成です。便利になるのですから。ところが、教育だけはちょっと違う。

 分かりやすく言いますと、去年も今年も日本の8つ大学の総長とシンポジウムをやりました。そこで同じことを言うのです。つまり、8大学の総長が「一番の悩みは何か?」という問題に対してみんなが「せっかく入試に合格したにも関わらず1カ月もすると1割以上が大学に来なくなる」と言っていた。「なぜ来なくなるのか?」と聞きますと「友だちができないから」だそうです。いつかNHKの番組で昼飯を食べる友達がいないから、一人でトイレに行って飯を食べる人が特集されました。つまり、友だちができない。

 要するに、日本の教育の最大の欠陥は何かということです。そもそも僕は教育というものはコミュニケーション能力を高める・会話力を高めるものだと思っています。ところが、この二つのことを日本の義務教育などでは全く行っていない。日本の小学校から高校までの教育は「正解のある問題を解く」ことが教育とされてきた。正解を解くためにはコミュニケーションは必要ありません。正解のある問題を解くには想像力は要りません。だから日本の教育では全く想像力を鍛えていない。そんなところに、デジタル教科書なんていう便利なものが入ってきたら教育はますますダメになる。日本の教育をこれ以上潰すようなことはしてくれるな、というのが反対の理由です。

一色 分かりました。後ほど、じっくりとそのへんのお話をうかがいしたいと思います。

時にするどく対立した3者の議論

 私はWEBRONZAという朝日新聞の言論・解説サイトをやっておりまして、11月8日に「デジタル教科書は推進すべきか」というテーマを設定し、WEBRONZAの筆者の方々に論考をいただくよう呼びかけました。4人の方々に書いていただきましたが、その内容を見ますと、いずれもデジタル教科書あるいはデジタル教育の推進には消極的な意見がそろいました。基本的には、「まず副教材あたりからそろりと進めた方がいいのではないか」「基本的には教育の内容が大切であって、教科書などの器である弁当箱を変える前に栄養のある握り飯を充実させろ」といった意見で、「まだ海のものとも山のものともわからない。まずはそこをはっきりさせてから議論を進めましょう」という比較的慎重派が多かったのです。こうした受けとめ方を踏まえつつ、中村さんに現状の説明や事例の紹介などをしていただきたいのですが。

中村 確かにそうした指摘の通りで、海のものとも山のものとも分からないものを「分かる」ようにしていきたいと、そういうことでデジタル教科書教材協議会を7月に立ち上げました。今、企業会員として105社が入っていて非常に注目されています。この協議会は、全ての小中学生、つまり小学生が706万人、中学生が360万人として、合計すると約1000万人の子どもたちにデジタルの教科書や、デジタルの教材を行き渡らせる、つまり情報端末をもって学習できる環境を整えたい。こうしたことを目標としています。今、日本政府は2020年には全ての子供たちが持てるようにするという目標を今年になってようやく立てたわけですが、私たちは、これでは遅い、5年前倒しの2015年ぐらいまでにはできないものかということを目標にして活動を開始しました。

 先ほど、田原さんが指摘された「想像力」「コミュニケーション能力」は私たちもキーポイントであると思っています。問題は、デジタルの技術なるものが、想像力やコミュニケーション能力といったものを育むのに役に立つのか、立たないのか、ということだと思います。

田原 そこが一番の問題です。

中村 我々としては、役に立つという立場に立って活動しています。そして、もう一つ冒頭で申し上げておきたいことは、紙を無くせといっているなどということでは全くないということです。紙を使うアナログな環境における授業にもリアルで良いところはたくさんあります。ただデジタルじゃないとできないこともあるのではないか。そういうところにデジタルをどんどん使っていきましょうというのが趣旨です。学校の中でもすでに取り込んでいる所はいくつかありまして、例えば東京で言いますと、東京区立南青山小学校では、一人一台に情報端末を持たせて、全てが無線でネットに繋がっています。

 どんなつかわれ方をしているかというと、例えば算数の立体図を示したり、理科の実験図を示したりであったりするわけです。これは紙よりもデジタルの方がわかりやすいのではないか。もちろん、ノートや鉛筆を使って授業も行う。それから、みんながネットに繋がっていることで、先生は子どもたち全員の学習の進み具合が一望にわかるので、一人一人にあった教材を提供できる。少し進み具合の遅い子供にはそれにあった教材を提供できる。もっと進んでいける子にはそういう教材を渡す。こういう状況にはなってきている。

 肝心のデジタル教科書がどうなっているかというと、教科書の会社である光村図書出版や東京書籍のような教科書会社は先生の黒板向けの教科書開発を行っています。ただ、生徒一人一人がパソコンで使う様な教材はまだできていません。現在、開発中です。まあ、デジタル教科書などと呼んでいますが、正確にはまだデジタル教科書は存在していない。今現在、教科書というのは、紙のもので検定を受けたもの。それに準拠してデジタル表示向けで作っているものをデジタル教科書と呼んでいますが、制度上は教材の一つです。

 そういう教材ということで言いますと、学校以外で使う教材というものは色々ビジネスベースで存在しています。例えば、パソコン向けのe-learning教材というものは昔から開発されていますし、日本ならではの発達を遂げてきているのが、ゲームの教材です。任天堂DSの百マス計算や脳トレが典型です。脳トレになりますと世界でも売れていますし、これまでに750万部も売れる様なそういう教材になっています。

 また、百マス計算のソフトを用いて、授業をやっているという学校もあります。NHKのような放送局も学校向けの番組をデジタルのネットの教材と言いますか、学校でも使える様に編集し直し、その映像を学校現場で使っている先生もいるんですね。そういう広がりが今、出てきています。我々の活動としては、小、中学校の教科書をデジタル化するのが最終的な目標ではあるんですが、それ以外にも参考書も、普通の教材もあるでしょう。高校や大学向けや塾向けもあるでしょう。教育の情報化を進めるのは、大きなタイミングに来ているのではないかと思うわけです。

 いくつかの教材の例やイメージというものをお見せしたいと思います。例えばこのような元素記号の教材があります。水素、ヘリウム、リチウムとかですね……。これらのうち、例えば「ベリリウム」って何だというときに、こうやってクリックすれば、ベリリウムの情報がさっと出てくる。実際にはこんなものだったんだ、あるいはこれはこういう風に使われているんだというのが、画像や映像とともに見られるようなことがデジタルの得意とするところです。こういったものは理科の教材としてはとても便利で使いやすい。

 あるいは、社会の教材でいうと、こんなユーチューブの映像などがさっと見られて参考になる。例えば、『日本の一番長い夏』という終戦当時の軍部と政治とのせめぎ合いを描いた映画です。こういったものを例えば社会の歴史を学ぶ時に副教材として使ってもらえばリアリティがでるのではないか。あるいは、それに限らず、こういった機器は楽器にもなります。このように教材であったり、アプリケーションとして利用できたりして、想像力を高めるための道具として使えるということです。

 道具は揃ってき始めているわけですけども、肝心なのは、田原さんがおっしゃるように学校教育の中でどう使うか、授業の設計だと思っています。

 そういう意味で言いますと、算数、社会、理科など色々とあると思うんですが、例えば一つの例で言いますと、我々がNPOを作りまして、デジタルとアナログをミックスした活動を行っています。それは学校ではなくワークショップで行っています。これは地域の情報を集めて電子新聞を子供達が作ろうとする取り組みです。まずネットや本を読んで地域のことを調べます。

 それでデジタルカメラやビデオをもって街に出て、おじいさんやおばあさん、お店の人を取材したりして、帰ってきてからみんなで議論して電子新聞のようなものを作る。それで、ここからが大切なのですが、インターネットをつかって自分の友だちや先生、家族に見てもらう。それでフィードバックを受ける。そういう活動を行っています。私達のNPOはこれまで6万人ぐらいの子どもたちにワークショップを提供しているわけですが、これで我々がやりたいと思っているのは、アナログもデジタルも大事ですね、そして、それでいてリアルに足腰動かすこととバーチャルに物を作ることも大事ですね、ということを実感として理解していただくことなのです。

 それともう一つだけ。創造力とかコミュニケーション力を育むためには色々なやり方があって、どういうやり方がいいのかはわかりませんが、いろいろトライしています。例えば子どもたちが自分たちでアニメを作るプログラムなどもあります。自分たちでストーリーを考え、シナリオを作って、キャラクターも作ります。まずはアナログの世界。自分たちで粘土をこねてアニメを一コマ一コマ撮影していきます。撮影する時はデジタルカメラとパソコンで編集を使うので、デジタルです。出来た作品をインターネットで配信したりケータイで見られるようにしたりして、皆さんのフィードバックを受けるのです。こういったことは日本の子はうまいです。まあ、鍛えているせいなのかもしれませんが。同じ様な活動を諸外国でも行っているのですが、日本の子は結構こういったことを使いこなす力があって、デジタルを使いこなす力を、大人はある程度信じていいのかなと私自身は思っています。このような事例が今、広がっているということです。

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