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特捜検事の証拠改ざんはこうやって明るみに出した 朝日・板橋記者が語る

板橋 洋佳(いたばし・ひろよし)記者 朝日新聞大阪本社 社会グループ(初出1/7)

 大阪地検特捜部の検事による証拠品の改ざん事件――。2010年9月21日、その実態を明るみに出す特ダネ記事が朝日新聞の一面に掲載されました。その後、検察の根幹を揺るがす事態に発展するきっかけとなった報道です。その取材にあたった朝日新聞の板橋洋佳記者が昨年12月21日、早稲田大学で開催された同大大学院政治学研究科ジャーナリズムコース主催、報道実務家フォーラムの取材報道ディスカッショングループ共催のフォーラムで、一連の取材の舞台裏を中心に報道の手法、報道に携わる者の基本的な姿勢などについて語りました。

 板橋記者は下野新聞で警察担当記者として活躍し、2005年2月には、知的障害のある宇都宮市在住の男性が全く無関係の強盗の疑いで逮捕・起訴された事実をスクープしました。朝日新聞に移り、一昨年からは大阪の司法記者クラブで主に検察とその手がける事件の取材を担当してきました。「当局をネタ元とする当局担当記者は当局に都合の悪い記事は書けない」と言われることがありますが、実態はどうなのか。特ダネ記者というのはどのように仕事をしているのか。板橋記者が報道に携わる人やこれから携わろうとする若い人たちらに向け丁寧に語りました。当日の講演を加筆、修正してお届けします。会場との質疑応答も詳細に収録しています。

 〈報道実務家フォーラム〉 取材技法を高め、知識を広げたり、情報、報道の自由と記者の権利について理解を深めたりすることを目的に、隔月の頻度でフォーラムを開催。現役の記者や記者を目指す人、そういったテーマに関心のある人ならば、誰でも参加できる。

※なお、本記事は朝日新聞の「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」にも掲載。その中の検察史上最悪の不祥事 厚労省虚偽公文書事件の経緯も参考にしてください。

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検察報道について語る板橋洋佳記者
 大阪地検特捜部の主任検事によるフロッピーディスク(FD)のデータ改ざんを取材したのは、大阪司法クラブのメンバーが中心です。大阪司法クラブは、裁判担当の平賀拓哉、岡本玄、検察担当の私と野上英文、キャップの村上英樹の計5人で構成されています。

 「検事、押収資料改ざんか」という見出しとなった2010年9月21日付の初報の記事の掲載後は、東京司法クラブのメンバーを中心に、記者クラブに所属していない遊軍とよばれる記者も加わり、20人くらいで様々な角度から記事を書いてきました。

 具体的な話に入る前に、一連の取材を通して感じたとことは、記者の存在意義って何だろう、ということでした。今日はそんなことも会場のみなさんと一緒に考えながら、お話をすすめられたらと考えています。私の話で足りない部分は、みなさんからの質疑応答の時間にお答えしたいと思います。

 FD改ざんは、「朝日新聞の取材でわかった」とする調査報道の記事として掲載されました。

特捜検事の証拠改ざんを報じる朝日新聞の特ダネ記事
最高検察庁がその日のうちに、改ざんした特捜部検事を証拠隠滅容疑で逮捕し、10日後の10月1日に、検事の改ざん行為を隠したとして、当時の特捜部長と副部長を犯人隠避容疑で逮捕しました。1枚のFDをきっかけに検察史上類を見ない不祥事に発展した形になりました。

 改ざんをした検事は起訴事実を認め、部長と副部長は「検事から意図的にやった」とは聞いていないし、隠したことはない」として否認しています。12月24日、最高検察庁が、今回の大阪特捜部が事件にした郵便不正事件の捜査公判、証拠改ざんにいたる一連の内部検証の結果を公表します。みなさんには25日付の新聞でその中身が届くと思います。検証結果の公表後、検事総長が引責辞任する見通しです。今回の記事は、検事総長の辞任という状況にまで、事態が動いていきました。

 また、この検証結果は、法務大臣の諮問機関である「検察のあり方検討会議」の外部委員らに報告されます。あり方検討会議は来年3月末までに、何らかの結論を大臣に出していく状況です。

 以下、僕たちがどんなことを考えて取材をしていき、その中で調査報道の記事化に際して、どんなことに気をつけ記事にしていったのかをお話させていただきます。

 一連の取材は、捜査への疑問がきっかけでした。

 その前に、この郵便不正事件について説明させてください。この事件は大きく分けて、二つの事件、つまり、郵便不正事件と厚生労働省による偽の公的証明書発行事件があります。

 郵便不正事件は2008年、朝日新聞東京社会グループの記者が調査報道で、障害者団体向けの郵便割引制度が悪用され、実態のない障害者団体名義で企業広告が格安で大量に発送されているという実態を書いたのがはじまりです。その後、この情報をつかんだ大阪地検特捜部が、郵便法違反などで家電量販大手や広告会社の幹部らを逮捕していきます。

 特捜部はその過程で、自称障害者団体に偽の証明書が厚生労働省から発行されていたという情報を独自でつかみ、偽の証明書発行を部下に指示したとして、厚生労働省元局長の村木厚子さん、実際に証明書の発行手続きをしたとして部下の元係長らを、虚偽有印公文書作成・同行使容疑で逮捕します。これが、厚労省による偽の証明書発行事件です。村木さんは、ご存知の通り2010年9月10日に無罪判決が言い渡され、元係長は公判が続いています。

 私は、2009年4月から大阪地検担当をしています。

4月というと、特捜部は、郵便不正事件から厚労省の偽証明書発行事件に捜査の手をのばそうとしていた時期です。

検察担当の主な仕事は、特捜部が今後どういう事件を着手するのかといった情報を探っていくことです。捜査の動きを探るのは、事件の背景にある問題をどう記事にできるのかを準備していくためです。そこには、逮捕情報だけでなく、事件が起きた温床を読者に伝えたいという思いがあります。

 ですから、担当になったばかりの私は当時、捜査の動きを追うのに必死で、証拠改ざんをしていたというような証言はまったくつかめていませんでした。

 特捜部は当時、元局長の指示があって元係長が偽の証明書をつくったという見立てに自信をみせていました。元係長が、捜査段階で、元局長の指示を認めていたことも大きな根拠でした。幹部たちは僕に「元局長の関与を認めた元係長の供述は一貫している。まったくぶれていない」と言っていました。

 さらに元係長だけではなくて、元局長のほかの部下や上司も、元局長の関与を認めるような供述を捜査段階でしていました。

 そんな状況から、国会議員の口利きで、偽の証明書を元局長が元係長に作成を指示する、ストーリーはかっちりしている、と私は感じていました。

 さきほど、FD改ざん事件の取材のスタートは、捜査への疑問だったとお話しましたが、これは2010年に入って始まった元局長や元係長の公判を傍聴したときに感じました。

 検察関係者からも初公判が開かれる前から、「元係長の供述が揺れている。単独犯行を主張するらしい」と聞いていました。

 実際、元局長の裁判を傍聴すると、元係長が証人尋問で「私の単独犯行。元局長の指示はない」という趣旨の話をします。その後、特捜部の任意の調べに局長関与を認めた厚労省のメンバーも、証人尋問で、捜査段階の供述を翻し、供述は検事におしつけられたと証言していきます。

 私はそういう公判を見て、「捜査段階の供述と公判での証言のズレは何なんだ」と思いました。捜査段階であれほど「元局長の関与は固い」といっていた状況が、180度違うわけです。

 そのとき日常の事件取材に加え、当時の捜査を振り返ろう、どんな捜査判断が当時あったのかを取材し直そうと、同僚の野上記者と話し合いました。元局長の判決が9月にある予定を踏まえれば、もし捜査ミスがみつかれば大きなニュースになるとも感じ、今年春から動き出しました。

 この捜査の再検証がうまくいったのかというと、実は非常に難しいのが実態でした。捜査の今後をたずねる場合は、検察関係者はそれなりに反応を示すこともあります。しかし、自分たちが立件して逮捕し、起訴し、今、有罪に向け立証している事件に対し、どこに問題があったのか、と聞いていくと、関係者から怒られるわけです。「いま有罪に向けて公判でがんばっているのに、捜査を振り返って何になる。問題があったかどうかは言えないよ」と。そう言われるのは十分わかっていたのですが、やはり、心が折れそうになったこともありました。

 この時期、裁判担当の平賀、岡本両記者は、公判で明らかになる特捜部のずさんな捜査を分かりやすく、紙面で伝えています。

 とすれば、私たち検察担当はこの状況の中で何ができるのか、が問われていました。過去の事件の振り返り取材は、日常の取材から一歩踏み出すものといえます。キャップの村上に「捜査検証をやりたい。今はうまく進んでいないが続けたい」と話すと、キャップは「やってみろ」と言ってくれました。

 取材を続けると、いくつかの捜査ミスがみえてきました。例えば、厚生労働省に偽の証明書発行を口利きしたとされる国会議員の任意の取り調べが、総選挙を理由に先延ばしされていたことがわかりました。国会議員の任意聴取が元局長や元係長の起訴後の2009年9月に行われていたことはすでに把握していましたが、再取材して分かったのは「政治に配慮した」という動機でした。特捜部として、やるべき裏付け捜査を国政に考慮にしてやらなかった実態が把握できました。

 国会議員の任意聴取を元局長らの起訴前に実施しなかったことで、特捜部は大切な事実を見落とすことになります。

 国会議員が、実態のない障害者団体から「公的証明書を発行するように厚生労働省に口利きしてほしい」と言われた日、この国会議員は、千葉県で別の国会議員らとゴルフをしていました。任意の聴取をもっと早く、元局長らを起訴する前にきちんとやっていたら、国会議員が口利き依頼を受けた日にゴルフをやっていたアリバイがあることがわかっていたわけです。

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