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経営委員会に欠ける公共放送を守る気魄

武田徹 評論家

NHK新会長人事は、一度は内定と伝えられた安西祐一郎・元慶応大学教授が経営委員会の推薦を辞退したため迷走した。

 筆者は報道されている以上の経緯を知る立場にないが、放送史に関する知識が多少はあるので、安西氏と同じように学識経験者が日本放送協会会長に推挙され、実際に会長に就任した過去のケースを引き、それとの比較から会長選考のあるべき姿を考えてみたい。

●「国家権力に駆使されない放送を」

 終戦直後、日本の放送メディアの民主化は占領政策の最重要課題のひとつだった。GHQ民間通信局局長ハンナーは、いわゆる「ハンナーメモ」で独立行政組織として「放送委員会」の設置を日本側に要請。放送の運用を政府から切り離させようとした。

この放送委員会の会長には東京芝浦電気電子工業研究所所長の浜田成徳が任命され、滝川事件で京大を追われていた滝川幸辰や社会党国会議員の加藤シヅエ、社会主義運動家の荒畑寒村らが委員となっていた。こうして設置された委員会の最初の仕事が日本放送協会の会長の任命であり、放送委員会委員の一人だった岩波書店社長の岩波茂雄が推挙し,説得に当たったのが労働経済学者の高野岩三郎だった。

 高野は1871年生まれ、気骨あるリベラリストとして知られた明治人であり、国際労働機関(ILO)への日本代表の派遣人事を巡って政府と対立して自ら設置に貢献した東大経済学部の教授を辞した後、大原社会問題研究所長の職に就いていた。終戦後はいち早く「日本国共和国憲法」草案を作るなど民主的体制の確立に向けて旺盛に活動を再開させていた高野は、1946年4月30日、第五代日本放送協会会長に就任した最初の挨拶でこう述べたと伝えられている。

 「ラジオはこの大衆とともに歩み、大衆のために奉仕せねばならぬ。太平洋戦争中のように、もっぱら国家権力に駆使され、いわゆる国家目的のために利用されることは、厳にこれを慎み、権力に屈せず、ひたすら大衆のために奉仕することを確守すべきである」。

 こうして公共放送の使命について会長自らが明言する姿勢は力強い。NHK会長には従業委員数1万人を越える(平成22年度)巨大な放送局組織を経営する能力が求められるだけではない。NHKを守ることは同時に「公共放送」を守ること。逆に言えばNHKが守られても、公共放送が死んでは意味がないのだ。

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