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チュニジア、エジプトの政変と同時代のソーシャルメディア・サッカー論

速水健朗

速水健朗 速水健朗(フリーランスライター・編集者)

 アジアカップ決勝。日本対オーストラリア戦、キックオフの直前。前日からの大規模デモ、与党本部の炎上で注目を集めていたエジプト・カイロの状況の変化が、ツイッターのタイムラインを通じて伝わってきた。

 アルジャジーラのフェイスブックのファンページでは、英語による現地中継を行っており、それを見ると装甲車に乗ったエジプト市民の映像がライブ中継として映し出されている。軍の一部と市民が友好関係を築いた。少なくともアルジャジーラの映像からは、エジプトの状況の変化を伝わってくる。筆者を含め、多くのサッカーファンが、この映像とツイッターの画面を脇目にサッカー観戦に興じていた。

 チュニジアの政変、エジプトの大規模デモ。これらの動きは、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアの台頭と比して語られる機会が多い。宗教改革と活版印刷、フランス革命ではカフェと地方新聞、東欧民主化はパラボラアンテナ経由の衛星放送やジョージ・ソロスがもたらしたコピー機。政変、変革と民主化のための情報技術、メディアの台頭は、これまでの歴史を観ても深く結びついてきた。今回は、それがソーシャルメディアであった。影響の度合いはともかく、無縁でないのは間違いない。

 本稿が記すのは、争乱のエジプトからさほど遠くない中東のカタールで行われていたアジアカップ決勝戦。同じようなソーシャルメディア状況の下で、人々がいかにこの試合を観戦したのかを2011年1月という「同時代の歴史」として記しておきたい。

 すでに予選リーグで敗退し、アジアカップでは思うような活躍を見せられないままドイツに帰っていた北朝鮮代表のチョン・テセ(鄭大世)は、決勝戦が始まる直前、ドイツ・ブンデスリーガのケルンでデビュー戦を闘う槙野智章の試合をツイッターで報告しながら、日本戦の予想をツイートしていた「1-0日本!!決勝は混戦必死!!前田が決めて終わり!!」。

 決勝が始まると、ケルン戦と同時にこちらについてのつぶやきも始まる。テセのいるドイツではアジアカップのテレビ中継はなかったはずだ。テセは、電波の具合を気にするつぶやきをしていたが、おそらくは、法的にはグレーであるどこかの国のネット中継を観ていたのだろう。日本のサッカーファンの質問に答えて、「基本的には両サイドバックが攻撃参加する4バックのほうが攻撃的とききますが、結局は中盤(3バックのときは特にボランチ)の選手で誰を使うかによっても大きくかわってきます。」などと戦術解説なども行っていたのが微笑ましかった。今大会、彼のツイートを楽しみながら日本代表戦を観戦していた日本のサッカーファンは多かったはずだ。

 さて、決勝戦は延長戦に突入。テセの応援むなしく、決定機がつくれなくなってきたFWの前田遼一を下げたザッケローニは、満を持して李忠成を投入した。日本の初戦、ヨルダン戦で後半より出場し、散々な結果で2戦目以降出場機会のなかった李。彼に、この大事な場面でチャンスが与えられたのは意外だった。ツイッター上でも、この采配には疑問の声が吹き上がっていた。しかし、結果はご存じの通り、長友のクロスに合わせた李の美しいボレーシュートが炸裂。これが決勝点となり、日本はこの大会の優勝を飾るのである。

 このときの李の心境は、試合後、部屋に戻っても眠れなかった李が更新したブログによって伝えられる。李は、決勝後のインタビューで「俺がヒーローになる」という想いを背負い、ピッチに出向いたと語っている。初戦でチャンスを逃し、出番を失っていた李。普通なら自信を失うところであるが、彼はそうではなかった。

「初戦のヨルダン戦以降試合に出る機会が無い中、自分含めベンチ選手に対するチームスタッフの何気ない気使い…とても勇気とモチベーションを保つことができました。 それがあって、試合に出れない日も自分を信じ続け毎日挫けずサッカーに向き合い取り組んだ結果、アジアの頂点を決する試合で決勝点をあげることができたと思います」(「李忠成 OFFICIAL BLOG」1月31日付

 チームスタッフやベンチの選手たちは、彼を自信満々の状態でベンチから送り出したのだ。優秀なストライカーの資質とは、傲慢でどんな場面でも自分を信じるタフな精神力といった類のものである。ストライカー李も、まさに傲慢で自分が一番好きというタイプだ。その李が、ブログで明かしたこの一文は、そのスタッフたちへの感謝の言葉。ブログの書き込みが、彼のストライカーとしての魅力を何倍にも増幅してくれた。

 この決勝ゴールは、かつてのドーハで行われたW杯’94アジア最終予選での日韓戦の三浦知良のゴール、ジョホールバルでの岡野雅行のゴール同様、すべての日本のサッカーファンの記憶に残るものとなるはずだ。前の二つのゴールは、正直半分が運と気力で取ったゴールだが、李のゴールはテクニカルなゴールである。日本サッカーの成長の証しである。

 今大会での再注目株となったのは、大会前までほとんどの日本人がその存在を知らなかったであろう、DFの吉田麻也である。初戦のゴール、その後の準々決勝での退場劇。良くも悪くも、とにかく目立った。DFとしての読みや身体能力、そしてヘディングの得点力も評価すべきだが、多くのファンがうなったのは、彼のブログでの文章の巧みさである。

 大会中、マメに更新され、毎日1000を超えるコメントで溢れた彼のブログには、今大会ずっとベンチを温めていた森脇に触れられている。

「シリア戦で誰よりも審判に抗議してたけどすべて日本語だった男 森脇良太」(「吉田麻也オフィシャルブログ」1月21日付

 森脇は、決勝戦後の表彰式で、誰よりもはしゃいでいた陽気な選手。吉田ブログを読んでいたサッカーファンは、「こいつが森脇か、さもありなん」と含み笑いをしたに違いない。ベンチメンバーにも重要な役割を与える、吉田のキラーパスは、ブログを通して放たれていたのだ。

 他にも、思いがけないツイートが決勝の試合が始まる直前に入っていた。日本代表応援団代表の植田朝日のツイートアカウントからである。

「キ・ソンヨンと遭遇。フラッグは俺らは見かけなかったけど『嫌な思いをさせたならゴメンな』って言ったら、『こっちもゴメンなさい』だって。素直な良い奴だったぞ!!」(@ASAHIMAN2010、1月29日付

 今大会、キ・ソンヨン(奇誠庸)の日本を侮辱したと思われたパフォーマンスは、大きな話題を呼んだ。植田とキ・ソンヨンは、 ・・・ログインして読む
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筆者

速水健朗

速水健朗(はやみず・けんろう) 速水健朗(フリーランスライター・編集者)

フリーランスライター・編集者。1973年生まれ。コンピュータ誌を経て、2001年よりフリーランスとして活動。主にメディア史、文化研究、企業・業界研究などのジャンルで取材・執筆活動を行う。TBSラジオ『文化系トークラジオLife』レギュラー出演中。著書に『タイアップの歌謡史』『自分探しが止まらない』『ケータイ小説的。~“再ヤンキー化”時代の少女たち~』。

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