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実力証明を急げ――長友に与えられた時間は長くはない

潮智史 朝日新聞編集委員

まさにシンデレラストーリーである。長友佑都が明治大学在学中にFC東京とプロ契約したのが2008年。慣れない左サイドのDFでプレーを始めると、08年5月には日本代表デビュー。その夏には北京五輪でプレーし、11月には代表初得点を決めた。定着した代表チームでハードなDFと、惜しみない運動量でタッチライン沿いを激しくアップダウンする攻撃力で欠かせない存在となった。10年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会後にセリエA(イタリア1部リーグ)のチェゼーナに渡ると、この1月、クラブW杯優勝のインテル・ミラノへ移籍。わずか3年の間に、日本でもほとんど名前の知られていなかった小柄な選手がまるで世界選抜といえる欧州屈指の強豪クラブの一員となったのである。

 その成長のスピードには驚かされるが、選手としての現在の能力から判断すれば、インテル入りそのものはそれほどの驚きは伴わない。これがストライカーや攻撃を仕切るゲームメーカー、あるいはそれらを止める側のセンターバックといったセンターラインの選手なら、また違った感慨があったとは思う。現代サッカーにおいて、その重要性は増しているとはいえ、長友が担うサイドバックは使われる側の選手。逆説的だが、だからこそ活躍する可能性も十分に広がっている。

 移籍してすぐにベンチ入りし、6日のローマ戦、13日のユベントス戦と途中交代で出番を得た。すでにスピードと走力という持ち味を理解してくれた周囲からは相手DFの背後に飛び出せるようなパスが集まっている。イタリアのリーグは、海外から移籍してきた選手にとって欧州の中でもひときわ難しいといわれる。特に球際の激しさ、1対1の攻防、手堅い守りは特徴的。1対1で果敢に仕掛けてくる相手を止めた上、さらに攻撃参加して相手を抜き去って得点に絡むプレーが求められる。さらに、熱狂的なイタリアのサポーター、ファンがそろう中でも、インテルのサポーターは同時に厳しい目を持つといわれる。DFというポジションがら、ミスが目立つようだとファンからの信頼も得られない。

 長友のインテルでの成功の鍵は時間との競争にあるように思う。いかに短い期間で出番を重ね、やはり短い出場時間のなかで質の高いプレーを見せられるか。もともと、同じミラノを本拠とするACミランに比べて、インテルは選手補強や移籍を頻繁に繰り返すのが特色。新加入選手に与えられる時間も短く、賞味期間もずっと短い。

 長友のインテル移籍を見ていると、ひとのつながりや縁といったものを

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筆者

潮智史

潮智史(うしお・さとし) 朝日新聞編集委員

朝日新聞編集委員。1964年生まれ。87年入社。宇都宮支局、運動部、社会部、ヨーロッパ総局(ロンドン駐在)などを経て現職。サッカーを中心にテニス、ゴルフ、体操などを取材。サッカーW杯は米国、フランス、日韓、ドイツ、南アフリカ、ブラジルと6大会続けて現地取材。五輪は00年シドニー、08年北京、12年ロンドンを担当。著書に『指揮官 岡田武史』『日本代表監督論』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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