メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

世の中をなめちゃいないか?

緒方健二

緒方健二 元朝日新聞編集委員(警察、事件、反社会勢力担当)

大学受験シーズンの最中の2月26日に発覚し、世の中を騒がせた4大学での入試不正事件は、しかしわずか5日後に受験した予備校生の逮捕に至り、捜査上はひとまず収束しました。でも、この事件が投げ掛けた問題は広範囲にわたっていて、これからが大変そうです。

 京都大の2日目の試験終了後間もなく、何者かが試験の最中に「ヤフー質問箱」というインターネットの掲示板に試験問題を投稿し、回答が寄せられていたことがわかりました。受験生の仕業の可能性が大きい。ほどなく、すでに入試の終わった同志社大(試験日2月8日)、立教大(11日)、早稲田大(12日)でも同じような投稿と回答があったことがわかりました。4大学は情報交換しながら、それぞれ警察に相談しました。京都大は3月10日の合格発表を前にてんやわんやとなりました。合格発表を終えていた3大学も受験生の答案と質問箱に寄せられた回答を照合するなどの作業に追われました。

 警察の動きは早かった。捜査には比較的協力的なヤフー側に接触、通信記録を入手して分析を始めました。携帯電話からのアクセスと判明し、その電話はNTTドコモの端末とわかりました。ドコモの協力も得て捜査し、契約者が山形県内に住む女性と突き止めました。女性は、4つの大学を受験し、仙台市内の予備校に通う19歳の男の母親でした。男は仙台にある予備校の寮に住んでいて、捜査員が男を捜します。居所がなかなかつかめませんでしたが3月3日になって仙台にいるところを見つけ、偽計業務妨害容疑で逮捕したのです。

 捜査には京都府警と、東京を管轄する警視庁が当たっていますが、どちらもハイテク犯罪に強い警察です。本格捜査が始まる前、ある警察幹部が「容疑者にたどり着くのは時間の問題」と余裕をみせていたのはそのためです。とくに京都府警は実績が豊富です。2004年5月には、ネットを通じて映画や音楽をやり取りするファイル交換ソフトの「ウィニー」開発者を逮捕しました。(この事件は一審有罪、二審無罪で検察が上告中です)。これより前の01年11月に京都府警は、別のファイル交換ソフトを使った著作法違反事件を摘発しています。最近では、日本で公開前の外国映画をウィニーを介して流出させた事件も摘発しました。

 でも今回は、蓄積された高度な技術とノウハウを駆使する必要はありませんでした。逮捕された予備校生の手口が「きわめて単純」(捜査幹部)だったからです。

 適用した偽計業務妨害という罪名は今回、捜査当局の間で事前にさほど問題とはなりませんでした。刑法233条に規定されるこの罪は、「偽計(はかりごと)を用いて、仕事を妨げる」というものです。今回の事件では、試験中にネットに投稿・回答を得るというはかりごとで、大学側に本来やらなくてもよい仕事をやらせ、試験の公正さを疑わせたの解釈です。

 過去の大学入試をめぐる不正事件で偽計業務妨害の適用について、警察と、事件を受ける検察とで真っ向から対立したことがあります。1970年代初めに大阪府警が摘発した大阪大と大阪市立大の事件です。事前に入試問題を入手した受験生35人について一時、偽計業務妨害での立件を検討しましたが、「合格が取り消されるなどして社会的制裁を受けた」として立件を見送りました。立件をめぐって警察と検察が対立したのは、流出元と受験生側の間で暗躍した仲介役の連中の扱いです。

 当時は刑務所の中で問題を印刷、保管していて、犯人の1人が問題をバレーボールに詰めて高い塀の外に出し、仲間が回収するなど細部がとても興味深い事件です。バレーボールは、受刑者が運動で使っていました。この入試不正は、殺人がきっかけで発覚し、収賄も飛び出しました。

 それはさておき入試の不正がわかったのは、大学の合格発表後1年以上経ってからでした。警察が「犯人は受験生の親らに問題を300万~500万円で売り、億単位のカネを得ていて悪質極まりなく、これを見逃せば世論も納得しない」と主張したのに対し、検察は「合格発表を終えて相当の時間が経過しており、大学の業務をなんら妨げていない」と立件を認めません。警察は不起訴を承知で連中を偽計業務妨害容疑で摘発しました。予想通りに不起訴となりましたが、後に検察審査会は警察の主張に賛意を示して「判断は裁判で決すべきで、偽計業務妨害罪で起訴相当」との結論を出しました。

 ほかにも大学入試をめぐる不正事件は数多ありますが、カンニング行為をした受験生そのものが立件された事例は

・・・ログインして読む
(残り:約1690文字/本文:約3536文字)