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客観証拠至上主義の勧め

古西洋

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 検察がかつてない批判にさらされる中で先月中旬、幹部が一堂に会する検察長官会同が開かれた。引責辞任した前任者に代わって昨年末、検察トップに就いた笠間治雄検事総長は「調書至上主義は改められねばならない」と訓示した。そのあと、かつてともに捜査にあたった部下に対し、「おれは君らに『こういう調書を取れ』と指示したことはないよなぁ」と尋ねた。ところが、その部下からは「そうでしょうか」という返事が返ってきたという。先日の日本記者クラブでの会見で明かしたエピソードだ。検察官が自白調書をとることにこだわるのは、自白調書が有罪を立証する決め手となってきたからだという証言は、検察官OBからもよく聞く。調書至上主義はそれほど、検察庁という組織に根をおろし、検察官のDNAになっているということだろう。

 取調べの一部始終を録画録音する全面可視化は、検察官や警察官といった取調官が密室の取調室で、身柄を拘束された状態の容疑者を取り調べる際に自白を強要することを防ぐ効果がある。検察官の判断で取り調べのある場面だけを可視化すると、強制された容疑者があたかも任意に供述したかのような記録となる恐れがある。検察官にとって都合のよい可視化となってしまい、冤罪防止にとってはかえってマイナスだとの批判は免れない。いやいや、ビデオカメラが回り出したら検察官は途中で止められないのだから、「じつは自分は犯人ではないのに、○○検事に『家族も逮捕する』と脅されてやむなく自白させられた」などと告白すればいいではないか、という反論もあろう。だが、多くの冤罪事件が教えているように、いったんうその「自白」をした容疑者はすでに、取調官にマインドコントロールされている場合が多いのだ。

 だが、ここでは全面可視化が必要なもうひとつの理由についてこそ強調したい。刑事裁判では、犯罪を立証する責任を課せられるのは検察官だ。全面可視化は、検察官にこそ必要となる可能性があるのだ。

 まず、指摘しなければならないのは「調書裁判」といわれてきた日本の刑事裁判特有の問題だ。容疑者が逮捕・勾留中の間に、密室の取調室で検察官に対して話した内容の方が、後日、被告として法廷で話した内容よりも信頼できる。多くの裁判官がこう判断する傾向が強かった。検察官や警察官が必死に自白を取ろうとするのは、ひとたび自白調書を取ってしまえば、いくら公判に移って被告が否認しても、有罪判決を勝ち取れてきたからだ。その結果が99・9%の有罪率となって現れている。

 治安を預かるわれわれは容疑者と信頼関係を作って自白させることによって初めて真相を解明することができる。検察官たちはこう反論する。こうした強い使命感が治安を維持してきた側面は否定できない。

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筆者

古西洋

古西洋(こにし・よう) 

朝日新聞記事審査室長兼紙面オンブズパーソン兼紙面審議会事務局長。1955年生まれ。社会部で司法やメディアを担当。論説委員として司法改革や裁判、事件などの社説を執筆。2011年6月から現職。共著に『ルポ自粛』『孤高の王国』『代用監獄』『被告席のメディア』。

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