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原発が他人事だった地で今、起きていること――東日本大震災・いわきから(1)【無料】

安竜昌弘(「日々の新聞」編集人、福島県いわき市在住)

 福島第一原発の事故によって、刻々と伝えられる周辺各地の放射線量。原発から半径20キロ、30キロという機械的な線引き。「数字」によって、その土地に住む多くの人々は今なお翻弄されている。医療現場の危機や風評被害の広がりも伝えられるなか、福島県いわき市内で隔週刊紙「日々の新聞」を発行する安竜昌弘さんに、いわきは今どうなっているのか、報告してもらった。

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 外出するときの帽子とマスクが普通になった。まちの明かりはほとんど消え、まるでゴーストタウンのようだ。福島第一原発の放射線被害を怖れて、かなりの人がより遠くへ自主避難しているのだという。

 福島県いわき市。この1230平方キロという全国で2番目の面積を持つ中核市には、34万人が暮らしている。南北に60キロの海岸線を持っているので、今回の津波の被害は筆舌に尽くせないほど、大きかった。

 海辺の町は瓦礫の山で、大震災前の風光明媚な景色は見る影もない。波に飲み込まれた車や消波ブロック、小型船などが道路に散乱したままで、その傷跡は癒えていない。震災から10日がたつというのに断水が続き、水と食糧、そしてガソリン不足が深刻だ。

 いわき市は1966年に周辺の14市町村が合併して生まれた。「広域多核都市」という特徴を持っているので、車がないと生活しにくい。だから市民にとって、ガソリンが思うように手に入らない事態は死活問題といえる。その日にガソリンを売るかどうかもわからないというのに、あちこちのガソリンスタンド周辺には、一か八かの長い行列が、たびたびできた。

 大震災が起こったときは、海から離れている平(たいら)地区内のギャラリーで取材をしていた。これまで経験したことのない揺れに慄然としながら、車で3分ぐらいの社に戻った。本棚の本や資料が散乱していて、スタッフが片づけをしていた。海辺にある自宅が心配になり電話してみると母が出て、「大丈夫」だという。一安心したが、悲劇はそこからだった。

拡大写真:安竜昌弘(3点とも)

 1時間ほどたってから「海岸線で家が流されたらしい」という情報が入った。不安になり電話をしてみたが、まったく通じない。すぐ車を飛ばして、15キロほど離れた自宅へと向かった。

 家は塩屋埼灯台と小名浜港の中間あたりに位置する、江名(えな)地区にある。なんとか近くまで来てみると、そこには驚くべき光景があった。朝まであった見慣れた家々が押し流されて道路をふさぎ、跡形もなく破壊されていた。自宅は、海から50メートルと離れていない。自分の家族のことが頭をよぎり、血の気がすっーと引いていくのがわかった。 

 知り合いがいたので尋ねてみると、「奇跡的に助かったなかの一つだと思う」と言う。でも不確かだ。何とか車で近くまで行き、必死に歩いて自宅にたどり着くと、確かに家が残っていた。車が2台だめになったが、家族は全員無事だという。ただ、全員の命が助かったことに感謝した。

 いま、いわき市民は、福島第一原子力発電所の状況をどう判断するかで揺れている。福島第一原発から30キロ圏内に「屋内退避」の指示が出たとき、テレビなどで、いわき市と南相馬市が対象と報じられた。

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 だが、いわきは広い。30キロにかかるエリアは北部の、ほんのわずかの地区でしかない。わが家も、おそらく50キロ圏に近いだろう。報道によって「いわき市=原発から30キロ圏内」というイメージを植え付けられたことが、風評被害の大きな要因となった。

 いわき市民にとって、これまで原発は他人事だった。いくら「東海と福島、2つの原発に挟まれている危険な地域であることを自覚して」と訴えても、「よその地区のこと」とのんきに構えている人がほとんどだった。いわき市も「原発は県の所管事項」として、もしものときの対応策を独自に考えようとしなかった。これは市町村単位で暮らしていることによる盲点、弊害ともいえる。さほど心の準備なしに、いきなり原発の脅威・恐怖を味わったからこそ、原発被害に対する不安や混乱がより大きくなった。それは南相馬市民も同じだろう。

 ラジオである女性の切実な声を聞いた。30キロ圏内に住む住民だという。

 「私たちは原発の恐ろしさもメリットも知らされてこなかった。その存在そのものさえ、あまり実感としてなかった。楢葉や大熊、富岡など立地している町の人たちは、原発があることを前提として暮らしてきたのできちんとした対応がとれるのだろうが、この屋内退避という宙ぶらりんな状態をどうすればいいのか。外に出ると放射線が怖いし、遠くへ行こうとしてもガソリンがない。風評被害でいわきには入ってこないと聞いた」

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 今回の震災の特徴は、被害地域が広域にわたっていることだという。岩手も宮城も、特に海岸線で津波を受けた地域では、大なり小なり、わが家の周りと同じような状況のなかでの厳しい生活を強いられているのだと思う。ただ一つ福島が違うのは、原発がトラブルに見舞われている、という特殊性だ。それが重く、苦しみを二重にしている。

 これまで、何回となく電力会社に隠蔽体質を見せつけられてきた原発トラブルの数々。だからこそ、不安が募るのだろう。危険を顧みずトラブル回避と取り組む作業員に拍手を送りながらも、身近になった「被曝」の二文字と向き合う市民。見えないモンスターに脅えながら、さまざまな混乱やジレンマの狭間で葛藤している。何より、先がまったく見えないのがつらい。

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 ■安竜昌弘(ありゅう・まさひろ)。1953年、福島県いわき市生まれ。25年にわたって地元夕刊紙「いわき民報」の記者を務め、現在は隔週刊紙「日々の新聞」(http://www.hibinoshinbun.com/)の編集人。著書に、磐城高校の甲子園準優勝を扱ったルポルタージュ『白球のクロニクル』など。

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