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阪神大震災の教訓を生かすのはこれからだ(下)

西岡研介 フリーランスライター

ただ、阪神大震災の教訓や反省が本当に生かされるか否かはまだまだこれからのことだ。

東日本大震災の被災地では地震、津波、さらには福島第一原発の事故の影響で、住民の二次避難や集団移住が行なわれている。

 しかも、福島第一原発の事故を受け、町ごと埼玉県に避難した福島県双葉町は約1200人、津波で約7割の家屋が全壊し、町民の半数以上約9200人が避難した宮城県南三陸町が、近隣の栗原市や登米市など4つの市や町に約1100人と、その二次避難の規模は震災の被害と同様、阪神大震災を大きく上回るボリュームだ。

 阪神大震災では避難所から仮設住宅、仮設住宅から災害復興(恒久)住宅へと、被災者が移動する度に、それまで各地域で培われててきたコミュニティーが分断され、それが多くの高齢被災者の「孤独死」に繋がったという苦い経験がある。

 また神戸市では、地震発生から僅か2カ月で、被害の大きかった同市東灘区や長田区などを対象に震災復興土地区画整理事業を決定したのだが、この区画整理が地域住民の結びつきをズタズタにしてしまった。

 最終的に兵庫県内の5市18地区で行なわれた震災復興土地区画整理事業は、16年もの歳月を経て、くしくも東日本大震災発生直後の今年3月末に終わったのだが、そこには確かに広い道路や防災公園などを備えた「災害に強い街」ができたものの、震災前には間違いなくあったはずの賑わいや温もりは見る影もない。

 阪神という都市部でもこの有り様である。今回の東日本大震災で甚大な被害を受けた漁村や農村はいずれも、過疎地ながらも、いや過疎地だからこそ、かもしれない。阪神などの都市部と比較して、格段に人と人との結びつきが強い、すなわち地域コミュニティーの役割が大きい「ムラ」なのだ。そのムラのコミュニティーを分断すればどうなるか……。5年後、10年後の結末は、誰もが容易に予測できるはずだ。

 こういった阪神の苦い経験を踏まえて、地域コミュニティーを可能な限り守りながら被災者支援を進めたのが、2004年の新潟中越地震の被災地となった新潟県・旧山古志村(現長岡市)だった。

 東北という被災地の地域性を鑑みても、今回の東日本大震災における被災者の生活支援、特に一次避難から二次避難、さらには二次避難から仮設や恒久住宅に移る過程では前述の「阪神方式」ではなく、「山古志村方式」が取られるべきなのだ。

 そういった意味では、前述の福島県双葉町や宮城県南三陸町、さらには「全村避難」した福島県川村町など、東日本大震災の被災自治体が行なった町ごと、地区ごとの集団避難は、地域コミュニティーの維持や今後の町の復興という観点からみれば、極めて正しい選択だと思う。

 国は今後、二次避難の住居として「2カ月以内に3万戸、8月までに6万戸の供給を目指す」(国土交通省)としているが、入居に際しては当然のことながら、高齢者や乳幼児、妊婦や障害者を抱えた世帯など「弱者を優先する」(厚生労働省)としている。この国の「弱者優先」という基準に異を唱えるつもりは毛頭無いが、願わくば、その建設用地選びや入居基準に「地域コミュニティーの保全」という視点も加えて欲しい。

 前述の新潟中越地震の際に国は、「みんなで同じところに避難したい」という旧山古志村の村民の意向を汲み、近隣に仮設住宅を建設し、集団移住を実現。さらにその仮設住宅の建設でも、農村の規模と同じ10~20戸となるよう工夫したという。

 無論、新潟県中越地震と今回の東日本大震災では、その被害の大きさや、被災者の数は圧倒的に違う。が、ここで阪神大震災の教訓を生かさなければ、東北地方で培われた濃密で豊かな地域コミュニティーが壊れることは間違いない。

 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた被災地の避難所では今なお、支援物資の流入が滞り、燃料などの灯油が枯渇。さらにはそれを運営するはずの自治体の被災レベルも甚大なことから、避難所暮らしを余儀なくされている被災者は、阪神大震災の時よりもはるかに劣悪な環境に置かれている。地震発生から3週間で、せっかく地震や津波から逃れ得た命が避難所で次々と消えつつあるのだ。

 だからこそ「二次避難、三次避難によって、今置かれている劣悪な環境から被災者を一刻も早く救い出したい」、という被災自治体の切羽詰った心情は察するに余りある。だが、それに際してはやはり「地域コミュニティーの保全」、「町や村の復興」という長期的視野をもって臨んで欲しい。

 そして、その疲弊し切った被災自治体が「長期的視野に立って街の復興を考える」だけの余裕を持つためにはまず、これらの自治体を圧倒的なマンパワーで支え、一次避難所の劣悪な環境を可及的速やかに改善することが必要不可欠で、これこそがまさに今、国や、被災地外の自治体、さらには企業やボランティアに求められていることなのだ。

 どれほど大きい地震や津波にも、決して壊せないものがある。それは人と人とを繋ぎ、結ぶ絆だ。

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