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日本人の長い歴史の全体が流されてしまうような恐怖

三浦展

三浦展 三浦展(消費社会研究家、マーケティングアナリスト)

私は新潟県上越市の出身だ。実家は低地にあり、昭和四十年から二十年ほどの間に四度も床下浸水、床上浸水の被害に遭っている。今回の東北大震災のような津波が来れば確実に流されるだろう。柏崎の原発からは50キロほど。だから他人事ではない。

 さて、東北大震災は阪神淡路大震災と比べても多くの日本人を突き動かしているように見える。その理由はいくつか考えられる。

 まず、ツイッターなどの情報手段の普及。阪神淡路大震災によって携帯電話が緊急時に有効であることがわかったが、今回の震災ではツイッターの有効性が証明された。そのため、短時間で多くの人々に事態の深刻さが伝わり、共感の輪、支援の輪が広がりやすかった。

 また、日本人の中にボランティア、NPOが定着していること。阪神淡路大震災はボランティア元年とも言われるほど、全国から若者を中心に多くのボランティアが集まり、復興支援を行った。その後の中越大地震でもボランティアの活躍が話題になった。そういう過程の中で、日本人の中にボランティア、NPOなどの市民活動が日常化してきた。そのことが東北大震災の支援、復興に対して広汎な人々の参加を促した。

 しかし、これら二つの理由は、特に東北だからこそという理由ではない。東北の被災がこれほど多くの日本人を突き動かすのはまた別の理由があるだろう。

 その第一としては、東北が東京に地理的、文化的、歴史的に直結しており、東北出身者が東京圏に多く住んでいるということがある。「おしん」の時代から、中卒、高卒の若者が「金の卵」と呼ばれて大量に東京に集団就職してきた高度成長期までの長い歴史がある。

 私の親しい知人の中にも、石巻出身で、親、親戚の家がすべて流された人がいる。いわき市在住の知人は放射能を恐れて家族で移住を考えている。自分自身は東北出身者でなくても、東北に知人を持つ人は東京にはたくさんいるはずだ。それがこの震災を、少なくとも東京在住者にとっては阪神淡路大震災よりも切実に感じさせていると思われる。

 第二に、東京の生活が原発を初めとして東北に支えられていることを、東京で暮らす人々が非常に強く意識したことがあるだろう。私も、東北に多くの生産拠点が立地していることを知ってはいたが、世界の製造業が生産をストップせざるを得ないほど貴重な部品をつくっている企業がこれほど多く東北にあるとは知らなかった。私のような著述業に不可欠な紙とインクを製造する大拠点も東北にあったとは、恥ずかしながら初めて知った。タバコの生産も東北に依存していることも知らなかった。そしてもちろん農産物や海産物。東京の暮らしは東北なしにはあり得ないことを初めて実感したという人がほとんどだろう。

 それはまるで、仕事のことしか考えずに生きてきた会社人間の男性が、彼を支える妻の存在を空気のように当たり前だと思っていたのに、定年後にいきなり妻から三行半を突きつけられて腰を抜かすのと似ている。あるいは妻に先立たれて、自分ひとりでは何もできずに、後を追うように死んでしまう夫に似ているとも言える。つまり東北は東京のためにシャドーワークをしていたのだ。東京は東北に支えられているのに、そのことを知らずにいたのである。そのことに対する引け目のようなものも東京人にはあるかも知れない。

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筆者

三浦展

三浦展(みうら・あつし) 三浦展(消費社会研究家、マーケティングアナリスト)

消費社会研究家、マーケティングアナリスト。1958年生まれ。一橋大社会学部卒業。情報誌『アクロス』編集長や三菱総合研究所主任研究員を経て、消費・都市・文化研究シクンタンク「カルチャーズスタディーズ研究所」主宰。著書に『「家族」と「幸福」の戦後史』『下流社会』『ファスト風土化する日本』『シンプル族の反乱』『マイホームレス・チャイルド』など。

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