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4月9日午前5時50分、山口組の篠田建市・6代目組長(69、通称・司忍)が東京の府中刑務所を出ました。銃刀法違反の罪で2005年12月に収監されてから、5年数カ月の刑期を務めた満期出所です。約3万5千人の組員を抱える国内最大暴力団のトップ復帰は、暴力団勢力図にとどまらず日本の治安にどんな影響を与えるのか。「平成の山口組壊滅作戦」を展開中の警察にとって気になるところです。

 東日本大震災の発生からほぼ1カ月後の出所でした。かつて阪神大震災の折に山口組は、神戸市の総本部に被災した人たちを招き入れて食べ物や衣類を提供したり、炊き出しをしたりしました。今回も東北の被災地に救援物資を運ぶなどの支援活動をしています。「目に余る売名でなければ」と警察も静観しています。そんな組織のトップだけにどんな服装で出所するのか注目していました。阪神をはるかに超える犠牲者の方々の死を悼んで喪服に黒ネクタイとの私の予想は外れました。茶色の革製帽子をかぶってサングラスを掛け、スーツの上に黒っぽいコート姿でした。ネクタイは藤色、首から垂らしたマフラーは臙脂色に見えました。刑期を終えた人ですから服装は本人の自由ですが、知人の警察官や暴力団関係者は「時勢を考えたのだろうか。少し派手だな」と感想を話していました。

 篠田組長は東京の品川駅に向かいます。報道陣約30人がカメラを構える改札を通ってホームに上がり、午前9時17分発の「のぞみ21号」に乗りました。グリーン車です。車両中央に座る篠田組長を守るように組員が通路側の席に並んでいました。同乗した同僚記者によると、車両すべてを貸し切っていたわけではなく、一般客数人もいたようです。隣の車両との間のデッキにいた組員は同僚記者に「体調が思わしくないと聞いていた。心配していたが相変わらずしゃきっとしていて安心した」と話しました。午前10時40分ごろにのぞみが停車した名古屋駅のホームには、篠田組長の出身組織の「弘道会」(本拠・名古屋市)の組員とみられる十数人が整列し、車両に向かって頭を下げていました。

 目的地の新神戸駅が近づきました。篠田組長は席を立ってデッキの洗面台で身支度を整えます。組員3人が付き添い、帽子とサングラスを手渡しました。正午前、新神戸駅に着きました。報道陣のカメラのフラッシュを浴びながら改札を出た篠田組長は迎えの車に乗り、神戸市内の霊園に向かいました。ここには、いまの山口組の基礎をつくったとされる田岡一雄・3代目組長の墓があります。捜査関係者によると、この後、先代の渡辺芳則・5代目組長を訪ねました。約70人の報道陣が詰めかけた総本部には午後1時10分に到着、幹部が角度90度のお辞儀で迎えました。門をくぐる前、篠田組長はいったん立ち止まって空を見上げました。感慨にふけったのでしょうか。

 さて

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筆者

緒方健二

緒方健二(おがた・けんじ) 元朝日新聞編集委員(警察、事件、反社会勢力担当)

1958年生まれ。毎日新聞社を経て88年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄)・4課(暴力団)。20余年いた東京本社社会部で警視庁捜査1課(地下鉄サリンなどオウム真理教事件)・公安、国税、警視庁キャップ(社会部次長)5年、社会部デスク、編集委員、犯罪・組織暴力専門記者など。2021年5月に退社 【Twitter】@jikenji3783

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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