本田由紀
2011年05月31日
アファーマティブ・アクションは、日本でも注目を浴びたマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」やその著書『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)においても取り上げられている。サンデルは、アファーマティブ・アクションが支持されうるいくつかの理由の中で、「多様性の促進」という観点にもっとも重点を置いて議論している。
アファーマティブ・アクションの典型例として挙げられるのは、フランスのパリ政治学院において教育優先地区(Zone d’education prioritaire,ZEP)内にあるリセからの特別選抜制度が設けられていることである。社会経済的に恵まれない地域をZEPとして特定し、教育予算などの面で優遇する制度は1981年に導入された。パリ政治学院はフランスのエリート高等教育機関であるグランゼコールの中でも特に威信の高い機関である。このエリート教育機関に入学するには、通常はきわめて厳しい選抜を潜り抜ける必要がある。
しかし2001年度から、ZEP内に位置する提携リセから推薦を受けた候補者の合否を面接のみによって決定する特別選抜制度が導入された。そのような決定に踏み切った理由は、もとより経済的富裕層がパリ政治学院の入学者の中で高い比率を占めていた上に、近年ほどその占有率、言い換えれば社会的不平等が増大してきたことを是正する必要からであった。
この制度の是非についての論争は裁判にまで発展したが、2003年11月にパリ行政控訴院はその適法性を認めた。特別選抜制度により入学した第1期生は17人であったが、その後対象校や入学者は拡大し、2007年度には95人に達している。特別選抜制度入学者の在学中の成績および卒業後の就職状況がきわめて良好であることにより、この制度はパリ政治学院以外のグランゼコールにも普及しつつある(参考文献:大場淳「フランスのエリート校の新しい入学者選抜制度]http://home.hiroshima-u.ac.jp/oba/html/sciences-po.htm)。
他にも世界各国のアファーマティブ・アクションの例を参照してみると、賛成派と反対派の間で論争や裁判が生じている場合が多数あり、この種の制度の位置づけは現代社会の中でいまだ確立していないことがうかがえる。特に日本においては、人口内の特定集団の量的比率に即して機会を割り当てる「クォータ制」のようなラディカルな制度はもとより、アファーマティブ・アクション全般に対する忌避感が強く、「障害者雇用枠」のような一部の例を除いて導入には消極的である。女性の社会進出を促進する諸政策は「ポジティブ・アクション」という和製英語で表現されているが、それも雇用環境の改善といった間接的な取り組みに留まることが多い。
そのような中で、今回の九州大学の「女性枠」はひとつの前進ともみなされるものであった。九州大学に限らず、大学の理系学部における女子学生比率は依然としてきわめて低いままからだ。また社会全般についても、女性の社会進出度に関する指標が日本は先進国内で最低レベルであり、ジェンダー差別や性別役割規範が著しく強いことは周知の通りである。それを是正する試みの一環として、「優秀な女性の人材を育成しなければ、数学分野のみならず社会にとっても損失が大きい」という明確な意志のもとに、九州大学の「女性枠」は設けられたのである。
ただし、数学科の入学定員53人のうち後期日程試験で選抜される9人のうち5人を「女性枠」とするという、非常に控えめなものではあったのだが。
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