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被災地・岩手から―― 一人娘と孫の代わりに生き残ったコロの話

大久保真紀

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

山が笑っています。

 被災地、主に岩手県陸前高田市での取材をずっと続けていますが、その山々は芽吹き、ウグイス色、黄緑、深い緑、薄緑とさまざまな色に染まっています。

 あの津波で壊滅的な被害を受けた市街地は、当初を知っている身としては以前よりはがれきの処理は進んできてはいます。しかし、初めてこの地を訪れる人にとってはその様子はあぜんとするばかりの風景でしょう。多少はがれきが片づいたとはいっても、まだまだ復興を実感するような風景ではありません。気仙川のがれきの撤去作業でも、遺体が見つかっています。

 さまざまな色に染まり、美しく芽吹く山の姿を見て、こんな悲しみに包まれている中でも、季節は巡ってくるのだということを感じました。あれだけ多くの人の命を奪った震災です。どれだけの悲しみの涙を人々は流していることでしょうか。それでも、季節は巡るのです。震災前のあのときは帰ってこないのです。

 その色とりどりに笑う山の姿は悲しくもあり、でも、同時に、人々の希望にもなるのではないかと感じています。

 取材を続ける中で、悲しみを乗り越えていこうとする多くの人々に出会います。今回は、一人娘と孫を亡くしたご夫妻のことを書きます。

 このご夫妻は、岩手県陸前高田市米崎町の菅原広世(ひろせ)さん(70)とトシ子さん(68)です。手塩にかけて育てた一人娘と中学生の孫をあの震災で亡くしました。目に入れてもいたくない娘と孫を失い、憔悴しきり、失意のどん底にいました。

 その菅原さん夫妻が、4月8日から一匹の犬を飼い始めました。名前は「コロ」。オスの6歳です。亡くなった孫の7歳の誕生日プレゼントとして親類から贈られ、娘一家がかわいがっていた犬です。あの津波で死んだと思っていたところ、傷だらけになりならが生きていたそうです。日々元気を取り戻すコロの姿に励まされるように、菅原さん夫妻は前を向き始めています。

 一人娘の恵子さん(44)は24歳のとき、宮城県気仙沼市の高城郁雄さん(52)と結婚しました。長男翔平君(18)、次男隆世(りゅうせい)君(13)をもうけ、夫と塾を経営しながら暮らしていました。

家族写真拡大菅原さん夫妻は年に1度は必ず、ひとり娘の恵子さんの家族と旅行した。前列左から亡くなった隆世君と恵子さん、後列左端が翔平君、右端が郁雄さん(菅原広世さん提供)

 菅原さん夫妻と恵子さん一家は互いの家を月に3、4回は行き来し、それぞれの誕生日には必ず集まってお祝いをしていたそうです。メンバー全員の誕生日ですから、年に6回です。「本当にみんな仲良く、楽しく過ごしていた」とトシ子さんは言います。

 しかし、その日々は、3月11日を境に暗転します。

 あの日、菅原さん夫妻は高台にある自宅にいて被災を免れました。でも、恵子さんは気仙沼市の自宅から夫の郁雄さんと車で避難中に渋滞に巻き込まれ、津波にのまれました。後部座席の窓から外にはい出た恵子さんは行方不明になります。車内にとどまった郁雄さんはあごまで水につかりながら、わずかに残った車内の空気を吸って助かりました。

 孫たちはというと、上の翔平君は高校にいて無事でした。ですが、下の隆世君は学校帰りに友人の家に寄っていて、地震後に「お母さんの携帯番号がわからない。心配だから確認に戻る」と自宅に向かったまま行方がわからなくなっていました。

 その後、隆世君は自宅から約1キロの川から、恵子さんは車が波にのまれた場所のがれきの中から遺体で見つかりました。それぞれ、3月22日、4月13日に遺体安置所で確認されたそうです。 ・・・ログインして読む
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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

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