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臓器売買――規制が必要な生体移植

大久保真紀

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

東京都内の医師が腎臓の生体移植を受けるために腎臓売買を企てたとして逮捕されました。1000万円を暴力団組員らに払ったとのことですが、報道によると、一方で、この医師は、別の養子からすでに腎移植を受けていたといいます。

 この事件、起こるべくして起きた、というのが率直な感想です。

 日本では脳死移植に関する法律はありますが、生体移植に関する法律がありません。それが最大の問題です。

 脳死移植法はさまざまな議論を経て、1997年に施行されました。脳死した人から臓器を摘出するときに必要な事項が規定されています。一方で、生きている人から臓器を摘出して移植する生体移植は、厚生労働省のガイドラインなどがある程度です。

 ふつうの人には2つある腎臓や、分割できる肝臓などで生体移植が行われています。私は10数年前から生体肝移植しか治療法がない病気の取材をしていますが、今回のような問題がいつかは発覚するだろうと思っていました。

 病気になり、移植しか生きる方法がないとわかったとき、できれば移植をしたいと思うのは当たり前です。脳死移植でその希望がかなえばいいのですが、日本の場合は、死生観や宗教上の考え方などさまざまな文化的背景から脳死移植が思うように進んでいません。その結果、肝臓移植でいえば、海外に出かけて、脳死移植をしてもらう人たちが相次ぎました。あるいは、日本の場合、子どもたちの脳死移植は当初認められていなかったので、15歳未満の子どもたちには臓器提供される機会そのものが日本にはなく、海外に出るしか方法がありませんでした。しかし、海外でも臓器が余っているわけではありません。ある意味、豊かな国から臓器を「買い」に来ていると言われても仕方ない側面がありました。そうしたことから、昨年、世界保健機関(WHO)が海外に渡航して移植する「渡航移植」の自粛を決議しました。

 昨年、日本の臓器移植法は改正され、子どもの脳死移植もできるようになり、また本人の意思が確認できなくても家族の承諾だけで移植可能になりました。以前に比べ、さらに移植が進む方向になってはいます。しかし、ほかの先進国に比べると、脳死移植は少ないといえます。私は脳死移植推進者ではありません。ですが、脳死移植が進まないという現実は、一方で生体移植を増加させてきたという事実も生み出します。

 生体肝移植でいえば、日本では1989年に初めて実施されています。最初のころは親子間でした。子どもの命を救いたいと、親が自分の肝臓の一部を子どもに提供するというものでした。それが、医学の進歩で、大きく肝臓を切り取っても移植ができるようになったり、血液型が違っても移植ができるようになったりしていきます。

 その結果、移植が可能な間柄が、親から子という関係だけでなく、夫婦、子から親、義理の親子、養子関係の親子、血縁がない間柄でも可能というように、広がっていきました。60歳を超える親に独身の娘が、あるいは未成年の子どもが親のために自らの肝臓を提供した例もあると聞きます。

 もちろん、だれかを助けるために、自分の体を傷つけてまでも臓器を提供するというその思いと行動は、無償の愛ともいうべきもの、貴いものです。また、人が何とかして病気を治したい、少しでも長く生きたい、と願う思いや行動も当然でしょう。しかし、健康な人間のお腹を切り、臓器を取り出し、移植するのが生体移植なのです。それは、脳死移植より、より慎重に取り扱わなくてはいけないことではないかと思います。少なくとも脳死移植については社会的な論議が不十分ながらも行われてきました。しかし、生体移植については、全くありませんでした。

 生体移植の現場に詳しい人たちが、病院で入院している移植者、提供者を見ると、中には、養子縁組はしているけど、あるいは、親族だけど、その間に、車を買ってやったりとか、家を建てたりとか、ということが存在する、と話していたのを聞いたことがあります。

 また、提供するかどうかは自由意思で、断ることができる、と言われます。しかし、「お父さんを救えるのはあなただけです」と言われたときに、それを断ることができる人はどれだけいるでしょうか。「お医者さんのもっていき方ひとつでどうにでもなる」という人もいます。中には、移植後に精神的な落ち込みに苦しんだ人がいたという話も聞きました。

 また、それほど高い確率ではないにしても、手術は成功するとは限りません。生体移植をしても移植者が死亡することもあれば、提供者が最悪の場合は亡くなりますし、後遺症に苦しむ例もあります。提供者に後遺症が出て、移植者が心を痛め続けているという例もあります。

 手術は、成功すればそれで終わりというわけではなく、移植を受けた患者も、提供した人も、その後の生活をどう送っていくのかということが重要なのです。そのためには、手術までの過程や手順、つまり、提供者の選定や意思確認は極めて重要です。

 しかし、

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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

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