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被災地の治安はどうなっているのか

緒方健二

緒方健二 朝日新聞西部報道センター記者

東日本大震災の発生から3カ月がたちました。3月11日から地震と津波、それに東京電力福島第一原発爆発事故に立ち向かう国民を、総力挙げて支えてきた警察にもさすがに疲れが感じられます。けれどもまだ行方のわからない7千人余の捜索をはじめ、見つかった人の身元確認や被災者支援など、これから警察がなすべきことは山積みで、原発の収束と同様に終わりが見えません。どれも大変な労苦を伴うものですが、被災地の犯罪防止もそのひとつです。治安状況と警察の取り組みを報告します。

●犯罪発生は減少も侵入盗増える

 被害の大きかった岩手、宮城、福島の3県で、3月~5月に発生した刑法犯罪は1万394件でした。昨年同期より2088件減りました。犯罪別では殺人は14件(増減なし)、強盗は18件(10件減)、強姦は8件(7件減)です。犯罪は全体的に減っていますが、細かく見ると腹立たしい実態が浮かびます。

 8355件の盗みは、昨年同期より1077件減っています。けれども「侵入盗」だけは248件増えて1664件でした。侵入盗というのは、賊が住宅や事務所に忍び込んで金品を盗む犯罪です。32件減の154件の岩手を除き、815件の宮城と695件の福島はそれぞれ増えました。増加率は宮城9.8%、福島42.4%です。原発を抱える福島は、原発が爆発したため住人が家や店をそのままにして避難しました。そんな人たちが最近、一時帰宅して自宅や商店の様子を確かめたところ、盗み被害に遭った事例が少なからずありました。

 警察は、人や車の出入りが禁じられている原発から半径20キロ圏内の「警戒区域」内での犯罪防止のため、20キロ地点に常時検問部隊を置いて出入りをチェックするとともに、警戒区域内でパトロールをしています。それでも不心得者の区域内侵入と犯行を100%防ぐことはできません。3月11日の震災発生から5月9日までの間、原発から10キロ圏内で40件、10~20キロ圏内で22件の空き巣被害が確認されています。警察官によるパトロールでは限界があります。福島県警は「せめて抑止と犯人検挙を」と一帯への防犯カメラ多数の設置を望んでいますが、要求通りにはいかないようです。

●ATM被害も続出

 馬鹿どもは、より多額の稼ぎを目指して被災地のATMも狙いました。5月中旬までに岩手、宮城、福島の3県の金融機関やコンビニのATMが相次いで襲われました。その数は50件を超え、半数以上を福島が占めています。コンビニ被害が金融機関より圧倒的に多いのが特徴です。金融機関のざっと9倍です。私は4月下旬、原発にほど近い福島県双葉町や浪江町に入り、街を見ました。海から離れた場所にある金融機関やコンビニは、建物は無事なところが多い。馬鹿どもはおそらく放射線防護服を着て入り込み、ATMを荒らしたと思われます。

 コンビニにATMが設けられるようになったのは1990年代の後半からです。心配性の私は、当時から「犯罪者の新たな標的になりはしないか」と不安視していました。ATMそのものが強盗被害に遭うことは予想外に多くはなかったのですが、この震災で標的にされてしまいました。何せATMの中には数千万円もの大金が入っています。開けるのは容易ではないはずですが、いとも簡単に破られている。その手口を細かく書くと、またまねする馬鹿者が出てくるので控えます。なぜコンビニのATMが金融機関のものに比べて被害に遭いやすいのか。被災地にとどまらない問題なので、警察庁や金融庁、ATM運営会社は5月中旬、原因解明や対策の協議を始めました。

●震災便乗犯罪続々

 日本社会の危機と不安に乗じて犯罪をたくらむ阿呆はまだまだいます。コンビニなどのレジそばに置いてある義援金箱が盗まれる事件は6月6日までに全国で274件ありました。犯人逮捕に至ったのは5件だけです。義援金名目で現金をだまし取る事件も少なくとも41件起きています。「放射性物質を体外に出せる」「体内被曝を防げる」などと称してうさんくさい薬品まがいを売ったり、被災者を装って海産物を売ったりして逮捕された馬鹿もいます。

 被災地の人たちの礼節ある態度と行動が海外メディアに取り上げられ、称賛されたというのに一方でこんな犯罪実態がある。悔しい限りです。こんなことをやる労力と知恵と時間を被災地のために使えよ。

●遺体数える夢を見る警察官も

 便乗犯罪の防止と捜査にまで追われる警察の活動には際限がありません。被害甚大の3県に派遣された警察官・職員は25の都道府県警察本部ののべ4万7千人に達します。全国警察の6分の1が被災地を踏んだ勘定です。地震大国の日本、今後どこで同じようなことがあっても不思議ではない。その時に備えて現地で警察活動を体験せよ、と警察庁が呼びかけた成果です。

 「こういう非常時にこそ警察は、国民の生命と財産を守るとの本来の責務を果たす」(警察幹部)として緊張を維持しています。弱音を吐く文化のない組織ですから、心身の疲労がどれほどたまっているのかつかめません。福島県警の幹部の一人は「誇りと使命感だけでは長期間の活動を続けられません」と明かします。警察庁は、幹部を被災3県の警察本部に送っては、実現は難しいと知りながら「休め」と勧める一方で、医師や臨床心理士らで構成する健康管理チームも派遣して疲労の実態を調べています。体調を崩して入院した事例の報告はないようですが、行方不明者の捜索に携わった警察官は「遺体の夢を数える夢を見る」と打ち明けました。不眠を訴える警察官も多いようです。

 原発近くで活動する警察官には、放射線との闘いが加わります。通算の被曝放射線が50ミリシーベルトを超えたら、現場から外すとしています。いまのところ該当者はいませんが、この先どうなるかわからず心配です。ここでの任務は主に行方不明者の捜索です。大量のがれきが作業の妨げになっていて、重機で一気に取り除けば早く進むのです。でも不明者が、がれきのすき間や下にいることがあるのでそうはいかない。これからは暑さも現場の警察官を苦しめます。私が防護服、ゴーグル、マスクの「完全武装」で現地に行ったのは4月末でしたが、わずか数時間で汗まみれとなり、ゴーグルは曇り、息苦しさを感じました。活動時間の短縮や頻繁な交代で、負担の軽減に努めてほしいものです。

●殉職と不明警察官は30人

 一連の活動中に死亡が確認された警察官は6月28日現在25人います。ほかに5人の行方がわかっていません。福島県警南相馬署駅前交番の橋本浩忠巡査部長(42)が25人目の殉職者です。住民を避難させていて津波に巻き込まれました。4月20日に南相馬市内の海岸で遺体が発見され、6月13日にようやく身元確認ができました。

 警察官の誘導で救われた人は数えきれません。 ・・・ログインして読む
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筆者

緒方健二

緒方健二(おがた・けんじ) 朝日新聞西部報道センター記者

朝日新聞社会部員(組織暴力専門記者)。1958年大分県生まれ、同志社大卒。毎日新聞社を経て88年入社、92年東京本社社会部。警視庁警備・公安、捜査1課、国税などを担当、99~2004年警視庁キャップ。東京社会部デスクを経て、04年から警察・事件担当の編集委員。地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件のほか数多の殺人、贈収賄、暴力団犯罪などを取材。17年4月から西部報道センター。

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