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被害者論ではない村上スピーチの奥行き

武田徹 評論家

●村上春樹は原発をいかに語ったか。

 「我々日本人は核に対する<ノー>を叫び続けるべきだった」。村上春樹がカタルーニャ国際賞の受賞記念スピーチで語った言葉は、報道を通じて広く知られることになった。「我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだった」と言葉を続けたことで村上は脱原発の鮮明にしたのだと理解されている。

 脱原発解散がささやかれる原罪、やや旧聞に属するが、そうした理解の是非について少しだけ書いておきたい。彼のスピーチ全文を丁寧に読むと、世間一般的な解釈に収まらない奥行きを感じる。そしてその奥行きこそ、脱原発を考える上で重要なのだと思うのだ。

●核技術を巡る加害と被害の両義性

 たとえば村上は広島の原爆死没者慰霊碑の碑文をそこで引く。「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という文章の主語の不在は「我々は被害者であると同時に、加害者でもある」という意味を含意していると村上は考えているようだ。「(核という圧倒的な)力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者」だし、「その力を引き出し」、また「その力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者」でもあるのだ、と。

 村上はまたヒロシマ・ナガサキへの原爆投下後に罪の意識に激しく苛まれたオッペンハイマーのエピソードも引いている。「大統領、私の両手は血にまみれています」とオッペンハイマーは呻くように述べたが、トルーマンは真に受けず、ハンカチをポケットから取り出して「これで拭きたまえ」と茶化しておしまいにした。

 このやりとりは、実は筆者もまた2002年に刊行した『核論』で取り上げており、同書を増補復刻した『私たちはこうして原爆大国を選んだ』の中にもその箇所は入っている。そこで筆者は、オッペンハイマーの手を血まみれにしたのは科学技術の「罪」だと解釈した。科学技術は人間にとって大きな利益をもたらすが、同時にリスクをも生み出す。科学技術を用いて環境に働きかける力を備えたことこそ人間の人間たる所以だが、そうである以上、人間はリスクを生み出す宿命をも回避できない。それを「罪」と呼ぶなら、それは単に先端科学の研究や技術開発に携わる者に独占されるのではなく、「科学技術する」動物である人類に広く共有されるものとなろう。

 そう考えて筆者は『私たちは~』の中で、科学技術の罪をキリスト教の原罪の概念と重ねて考えてみたらどうかと提案した。「科学技術する」人類は、有史以来の技術開発の営みの中で、核の「力を引き出」すことに至る以外の道を歩めなかっただろうし、「その力の行使を防げなかった」のだ。その意味で私たちの誰もが「加害者」であり、私たちの手はオッペンハイマーと同じく血まみれなのだ。

 大江健三郎と異なり、「核」のような「大文字」のテーマを好まなかった村上だが、『羊をめぐる冒険』あたりから人間存在の深奥に潜む邪悪さを扱う傾向を強めてきた。筆者は、そんな村上もまた人間に不可避な「原罪」を描こうとして来たのではないかと考えている。そうした作風と今回のスピーチは深い部分で水脈を通じているのであり、村上は原発事故の被害者たる「無垢な市民」の立場から無責任に脱原発や、代替エネルギーへのシフトを主張するのではないはずだ。

●倫理と規範の再構築と脱原発

 しかし、こうした「深度」をもって原子力について語る姿勢ほど、理解されにくいものはないようだ。それは筆者もまた前述『私たちは~』や『原発報道とメディア』を刊行し、痛感したことでもある。事故後に脱原発運動がこれまでにない盛り上がりを見せているが、事故の被害者として、二度と被害者にならないために脱原発をという主張が多数を占めているように感じる。

 村上もまたファンサービスのつもりだったのか、 ・・・ログインして読む
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筆者

武田徹

武田徹(たけだ・とおる) 評論家

評論家。1958年生まれ。国際基督教大大学院比較文化専攻博士課程修了。ジャーナリストとして活動し、東大先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大人文学部教授を経て、17年4月から専修大文学部ジャーナリズム学科教授。専門はメディア社会論、共同体論、産業社会論。著書に『偽満州国論』、『流行人類学クロニクル』(サントリー学芸賞)、『「核」論――鉄腕アトムと原発事故のあいだ』『戦争報道』、『NHK問題』など。

 

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