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【ポスト・デジタル革命の才人たち】 伊藤穰一氏に聞く  「MITメディアラボで何をしますか?」

服部桂・朝日新聞ジャーナリスト学校主任研究員

 「ネット上で最も影響力のある日本人」、伊藤穰一氏が米ボストンにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの4代目所長に就任した。あの「ジョーイ」(知人たちは皆、伊藤氏をそう呼ぶ)が米国のデジタル革命を支えてきた「奥の院」のトップに立つといったら大げさだろうか。所長就任の経緯と今後の予定についてじっくりと話を聞いた。(聞き手 服部桂・朝日新聞ジャーナリスト学校主任研究員)。

※MITメディアラボ(MIT Media Lab):1985年に創設された米マサチューセッツ工科大学建築・計画スクール内の研究所。デジタル技術による表現やコミュニケーション、新しいメディアに関する世界有数の教育・研究機関で「人間とコンピュータの協調」に取り組む。

伊藤穰一(いとう・じょういち) 1966年、京都生まれ。米国ミシガン州で子ども時代を過ごし、タフツ大学、シカゴ大学に学ぶ。デジタルガレージ共同創業者・取締役。カルチュア・コンビニエンス・クラブ社外取締役。クリエイティブ・コモンズ(CC)会長。アジア、中東での新規事業育成を手がけるネオテニーのジェネラル・パートナー。慶応大学大学院メディアデザイン研究科非常勤講師。FireFox 開発のMozilla Foundation、WITNESS、Global Voicesなどの非営利団体のボードメンバーも務める。エンジェル投資家として、シリコンバレーを中心に数々のインターネット事業への投資や事業育成に携わり、これまでにTwitter、Six Apart、Wikia、Flickr、Last.fm、Fotonautsなどの有望ネットベンチャー企業の創業や事業展開を支援。1997年に米国「TIME」誌の「サイバーエリート」、2000年に同「Buisiness Week」誌の「アジアの星50人」、2001年に世界経済フォーラムの「明日のグローバルリーダー」、2008年に「Buisiness Week」誌の「ネット上で最も影響力のある世界の25人」に選出されている。

拡大MITメディアラボの伊藤穰一所長

●ダイビングの合間にオファーの電話が

――のっけからで恐縮ですが、MITのメディアラボ所長になるまでの経緯を教えてください。

伊藤 実は、それまでメディアラボに足を運んだことがなかったんです。もちろんメディアラボの初代所長ニコラス(・ネグロポンテ)やメディアラボ関係者のメーガン・スミス、スコット・フィッシャー、そして服部さんなど、ゆかりの友人・知人はたくさんいたのですが、最初に研究所を訪問したのは、3月11日の大震災の前日でした。ボストンに到着するとニュース速報が流れていて、副所長の石井(裕)さんも大騒ぎでした。

 3月10~11日は朝から晩までインタビューや打ち合わせが続きました。昨年末に250人まで候補者リストが絞られていたそうで、2月にメーガンから話がありました。MIT、特にメディアラボにはニコラスの時代から続くスノッブなイメージがあって、当初は、ぼくがやってきたようなオープンソースやクリエイティブ・コモンズ(CC)、ゲームのようなグラスルーツ(草の根)の世界と合うのか、という疑問がありました。

 ところが、頭のいい人たちと先入観なく色々話してみて、むしろこの機会に挑戦したくなりました。ニコラスの時代をしっかり次の世代に受け渡すという意図を感じたからです。みんな、実に親切で前向きな雰囲気で、大いに知的刺激を受けました。

 元々インターネット、特にベンチャーキャピタルの世界にかかわっていると、短期のレベニューシェアやリターンを求められることが多い。シリコンバレーでもせいぜい4~5年の期間で物を考えていますからね。それが長期的でイノベーティブなビジョンを圧迫していることは分かっていたので、メディアラボのような場所でもう少し基本に帰って考えながら、電子書籍の普及に不可欠だった「Eインク」のようなインパクトのある物をじっくりつくろうと勉強する仕事も楽しいだろうと思うようになりました。

――初めて所長のオファーがあったのは、いつでしたか。

伊藤 2010年12月にロサンゼルス沖のカタリーナ島でダイビングをしていたのですが、潜りと潜りの間のインターバルで休んでいる時に、私のケータイに直接、電話がかかってきました。ドライスーツを着たまま船上で話したのですが、米国のケータイですから何度も途中で回線が切れる。彼はあまり電話が好きではないようで、こちらも事情がよく分からなかったのですが、ともかく会おうという話になりました。ニコラスと直接、話をしたのはその時が初めてでした。

――MITの建築学部(建築・計画スクール)に、デジタル技術の教育・研究機関としてメディアラボが1985年に設立されて25年がたちました。今までの活動をどう評価されていますか。

伊藤 メディアラボの初代所長で創設者でもあるニコラスの功績は非常に大きいものがありました。ここ何年かで、新しい研究領域としてライフサイエンス(生命科学)に積極的に取り組んだ意義も大きいと思っています。今でも例えば、脳神経のマッピングなど生物学が専門のボイデン、認知科学が専門のピカードなど、ノーベル賞級の研究がこつこつと続けられています。恐らく、ニコラスの時代よりも深い研究がされている分野も多いでしょう。

 次に必要なのは、スポンサーとのコミュニケーション、彼らの期待するものと研究とのマッチング、あるいはファカルティ(研究者組織)の満足度アップだと思います。

――出資している企業などからは、メディアラボはビジョン先行でプロダクト(製品)として実現しにくい研究ばかりしているという指摘もあります。

伊藤 そこは、出資を受ける側と資金を出す側のマッチングの問題だと思います。電話やファクス、テレビといった家電製品のメーカーが自社のビジネスの範囲内でIT化を進めるようなデジタル革命は終わりつつある、とニコラスも考えています。しかし、中東やアフリカの民主化を見ると、ツイッターが中東の強固な社会構造を打ち破ってしまいました。

 ITやデジタル革命のコンテクスト(文脈)は、もう少し複雑な組織や社会、あるいは国家の枠を超えた世界そのものを変革するようなグローバルで多様なものになりつつあります。一人の頭の中のアイデアからスタートしたアイデアが、一つの組織・企業といった少し複雑で大規模な存在に影響を与えるようになり、今、国や政府、地域、世界へとさらに複雑な影響を及ぼしています。こうした複雑な世の中のためのITのイノベーションに必要なエコシステムを考えなければならない段階です。

 例えば、米国のナイト財団(Knight Foundation)は次世代型のペンを開発しようとしていますが、その開発には社会企業家や学生、ミュージシャンやアーティストなどが幅広く参加しています。一方で、新聞業界でいえば、「今後のメディアはどうなるか」といったテーマで、新聞社の依頼を受けたコンサルティング会社が研究の可能性を握っている。新しいペンや新しいメディアといったこれまでにない大きなビジョンを示したり、思いもつかないアイデアを提示したりする存在は、経済的にも社会的にも非常に高い価値を持っています。

 もちろん、メディアラボの研究者組織も放っておけば好きなことしかしないでしょう。それは今までの私と同じです(笑)。でも私は、所長だからといって彼らの研究の方向性にバイアスをかけたり指示したりするつもりはない。ただ、ある種、私が着任して考え方を更新することで2000年代以降のトレンドを補完できるのではないかと思っています。

 言うまでもなく、デジタルTVの規格化などの例を見れば分かるように、テクノロジーの競争には政治的要素も含まれます。ですからメディアラボのスポンサーや関係者だけが参加できる組織ではなく、なるべくオープン・プラットフォームで議論や成果を共有できるような環境づくりを考えています。ツイッターやストリーミングを活用して内部の学生が外部とつながる機会も増やしたい。

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