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被災地・岩手から――通年出稼ぎの人たち

大久保真紀

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市は、通年で出稼ぎをする「気仙大工」発祥の地として知られます。

 横浜市在住の後藤利秋さん(64)はそのひとりです。関東で働くこと約40年。その稼ぎで建てた自宅2棟を津波で流されましたが、住民票などがなかったために、義援金や支援金の支給が受けられないでいます。「ふるさとに一家で帰るつもりだったし、いまも帰るつもりでいる。でも、何の支援もないのは、『帰ってくるな』と言われているように思う」と、割り切れなさを感じています。

 私が後藤さんと会ったのは4月初め。北側の壁一面が破れ、波の破壊力を見せつけている陸前高田市の市民体育館の現場を歩いていた私は、家族で何かを探している人たちを見つけました。それが後藤さんたちでした。「不明の親族の手掛かりを探している」とのことでした。この体育館は、以前のWEBにも書きましたが、指定避難所になっていたところで、正確にはわかりませんが、多くの地域の人たちが避難してきたところです。その数は、200人ともいわれます。しかし、天井近くまで波にのまれ、生き残ったのは3人という場所です。そこで、しばらく後藤さんと言葉を交わしました。

 その後、2カ月ほどして娘さんから、「義援金などの支給が受けられない」と連絡があったのです。

 後藤さんは陸前高田市高田町生まれです。中学校を卒業後、地元で父親と同じ大工になり、22歳で上京、型枠大工としてビル建設などに携わってきました。

 長野出身の洋子さん(58)と結婚後の1977年、将来暮らすためにと2階建ての4LDKの自宅を陸前高田市高田町に建てました。

 盆、暮れのほか、春、秋の連休など毎年、娘4人を連れて家族で陸前高田市の自宅に戻って生活したそうです。娘の家族も陸前高田を気に入り、生活の拠点を移す計画で、96年には6LDKの自宅を、1軒目の自宅の隣に建てました。仏壇や家具類、じゅうたんなどを買いそろえ、電気や水道は契約したまま、毎年一族12人が何度も訪れていました。5年ほど前には近くの寺に墓を建て、2007年に亡くなった洋子さんの父母も弔ったそうです。

 後藤さんは3年前に大工の仕事を退き、年の半分はふるさとで過ごすようになっていましたが、老後のためにもう少し金をためてからと、洋子さんが切り盛りする焼き鳥屋を手伝っていました。川釣りが大好きな後藤さんは、ふるさとへ帰るのを心から楽しみにしていて、あと数年続けてから戻る予定だったといいます。

 震災直後の3月下旬に後藤さん夫妻は娘らと陸前高田に入り、テント生活をしながら、自宅周辺を歩きました。でも、自宅は2軒とも何も残っていませんでした。残っていたのは門だけだったと言います。このときに私がお会いしたようです。

 後藤さん夫妻は6月にも、陸前高田に入って、市役所で義援金の手続きをしました。しかし、職員から「3月11日に地元にいなかったから対象外。義援金は人に出るもので、家には出ない」と言われたと聞きました。

 「人生をかけて建てた家。いまも市の復興計画さえ決まれば、すぐにでも家を建てて戻ってくるつもり。復興に向けて一緒に立ち上がる気持ちでいるのに」と後藤さんは言います。大工仲間でも妻の住民票を形だけ地元に残していた人は義援金などを受け取り、中には「もう戻らない」と話している人もいるそうで、そのことを思うと、とても不公平だと感じると言います。

 洋子さんも「地元になじむために三十数年、休みは旅行など一切せずに全部陸前高田に帰っていた。こんなに地元のことを思っているのに、門前払いされ心が折れそうになる」と語ってくれました。

 義援金受付の窓口になっている市被災者支援室は「義援金は住んでいたということが条件」としています。後藤さんの場合、取得したり災証明書に「非住宅(所有)」と記されているため、対象外だそうです。

 それで、り災証明書を発行している市税務課に聞くと、「住もうと思っていたのに」「親の家に戻るつもりでいた」などの相談は少なくないということでした。鈴木康文課長は「気持ちはわかるが、建物については保険でまかなうのが大原則。住宅かどうかは、被災者支援法にのっとって週の半分以上住んでいるかどうかを基準にしている。住民票がない場合でも、アパートの契約書などがあれば認めている」と説明してくれました。だが、「どこまで調査して確認するかという問題はある。どこかで線を引かなくてはならないが、実家が内陸にあっても、アパートを流された人は支給の対象になる。公平性をどうとるか難しい」と話してくれました。

 陸前高田市の通年の出稼ぎ者は1970年ごろまでは人口の10分の1人にあたる3000人にのぼっていましたが、

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