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被災地を思い、戦争の記憶と向き合う両陛下の8月

岩井克己

岩井克己 ジャーナリスト

東日本大震災直後の3月16日の天皇陛下の全国民へのビデオメッセージ、そしてうち続いた被災地歴訪は、終戦時の昭和天皇の「玉音」放送と戦後地方巡幸を思わせるものがあった。筆者も「終戦の『玉音放送』以来のもの」と当欄で書いた。

 しかし、こうした重ね合わせは、当時と現在の歴史的背景と天皇の位置づけの違いを敢えて捨象したもので、あくまでも「例え」にとどめるべき連想であることも事実だ。

 正確に言えば、敗戦直後の食糧危機の最中の46年5月24日にも昭和天皇の「玉音」放送が行われている。食糧難を訴えるデモ隊が坂下門を突破して皇居内にまで押し掛け、25万人が参加した食糧メーデーがGHQの警告で失速するなかで、天皇が「家族国家の伝統に生き祖国再建を」との趣旨を呼びかけた。しかし、この2度目の放送は、飢餓線上の国民の間に大きな関心を呼ぶことなく、また統治権総攬の役割を終えた天皇に「直訴」する行動自体への批判も出た。戦後の天皇の象徴性を確認する出来事ともされるが、今や多くの年表にも記載されていない、いわば「忘れられた玉音放送」である。

 宮内庁も、こうした連想に当惑している。

 「戦争の惨禍と大震災とは同列には論じられない。むしろ、ご即位以来あるいはご即位以前から、災害で被災した人々に心を寄せ、お見舞いを続けてこられた陛下ご自身のお歩みの延長線上に位置づけられるべきものと思う」(羽毛田信吾長官)

 同長官の発言には、震災後にメッセージを発したり、首相や防衛大臣ら関係閣僚、警察庁や海上保安庁長官らから次々に事情を聴く天皇陛下の行動が「国政に関する権能を認められていない象徴天皇の制約を超え、歴史を逆戻りさせるものではないか」との批判を呼ばないか、あるいは逆に過剰にありがたられて政治利用につながったりしないか、との警戒感もにじむ。

 間もなく大震災から5カ月。そして、戦争と向き合う8月が巡ってきた。

 広島、長崎への原爆投下とともに第二次大戦が終結してから66年。同時に大震災と原子力発電所事故の被害との戦いと犠牲者への追悼が進行する。皇室も例年にも増して心重い8月を迎える。

 3月11日の大震災発生以来、天皇陛下は前立腺がんと心臓冠動脈狭さくという病を抱え、皇后さまも頸椎症性神経根症による肩の痛みをこらえながら、被災地や避難所を歴訪し、御所でも多数の関係者や専門家らから話を聴き、宮内庁施設の被災者への提供や宮殿・御所の節電を続けるなど、震災対応に全力疾走といった趣だった。

 公表された日程だけでも、3月から7月までで、被災地・避難所お見舞いは東京、埼玉、千葉、茨城、宮城、岩手、福島と続き、7月下旬の那須御用邸での3泊4日の静養の合間にも那須町の避難所を見舞った。震災関連の学識者、閣僚、被災県知事らからの聴取などの震災関連の活動は45回を数える。

 体調を気遣う宮内庁幹部も「即位以来、戦争や災害の被災地お見舞いなどを重ねながら追求してきた象徴としての活動の正念場というご覚悟が拝察され、とても体調のことを言い出せる状態ではなかった」と振り返る。

 それだけに同庁としては、両陛下の8月の日程については、出来るだけ静かに過ごしてもらうものにしたいとしている。

 「両陛下のお務めは、両陛下ならではのかけがえのないものであるだけに、大変大事になさっている。ただ、お務め大事であるがゆえに、ご静養も大事。暑い季節なのでご休養をとっていただきたい」(羽毛田長官)

 5月6日、岩手県の被災地を訪問した際、宮古市の山本正徳市長は、三陸大津波の教訓から世界最大級の防潮堤を築いていた同市田老町が、今回の津波で壊滅的な被害を受けた状況を両陛下に説明した。

 「これからは自然とともに生きるという原点に戻ってまちづくりを考えたい。何としても復興しますので、成し遂げた何年か後に必ずご報告したい、と申しました。両陛下は『ぜひそういう報告を期待しています』とおっしゃった。復興を絶対にやってやると気持ちを新たにしました」

 側近は「心重い夏だが、両陛下には、 ・・・ログインして読む
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筆者

岩井克己

岩井克己(いわい・かつみ) ジャーナリスト

ジャーナリスト。朝日新聞特別嘱託。1947年生まれ、71年入社。94年から2012年5月まで朝日新聞編集委員。皇太子ご夫妻訪韓延期へ、礼宮さま婚約、即位の礼の骨格、雅子さま懐妊などをスクープ。05年、「紀宮さま婚約内定」の特報で新聞協会賞受賞。著書に『侍従長の遺言』『天皇家の宿題』。監修に『徳川義寛終戦日記』『卜部亮吾侍従日記』など。

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