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失業対策事業のトラウマを超えて

本田由紀

本田由紀 本田由紀(東大教授)

「失業対策事業」という言葉を聞くと、おそらく若い人たちはきょとんとするだろうし、より年長の人々の中には反射的に眉をしかめる人も多いことだろう。それは一体何だったのか。その遺産は現在の日本社会に何をもたらしているのか。結論を先取りすれば、戦後の大量失業期に導入され、高度経済成長・安定成長の時期に「すでに必要のないもの」とみなされるようになって1995年に終焉を迎えた失業対策事業は、日本の雇用政策にとって言わばトラウマ的な経験となっているが、雇用機会の不足が顕在化している現在の日本社会においてこそ、新しい形の失業対策事業の必要性が高まっているのではないかということを、ここで提起してみたい。

 戦後間もない1949年に制定された「緊急失業対策法」は、公共事業と失業対策事業という二本立ての政策を通じて、当時大きく増加していた失業者に雇用の機会を与えることを目的としていた(以下、失業対策事業の歴史については主に中野雅至「戦後日本の失業対策事業の意義」『現代社会文化研究』新潟大学、No.21、2001年に依拠している)。失業対策事業への従事者数は、事業開始直後から20数万人に達しており、先着順紹介方式では対応できず1950年には輪番制度が採用される。1951年・52年には就労者の勤労意欲を向上させるため応能性の賃金体系が導入される。1954年には、体力検定の実施により、体力がある失業者は公共事業へと優先的に紹介する方針が明確化され、また体力があっても技能がないことで公共事業に従事できない者のために失業対策事業の中で訓練を実施する仕組みも設けられた。

 それにも関わらず、炭鉱離職者や進駐軍関係の離職者が増加したことも原因として、1960年前後には失業対策事業従事者数は約35万人にまで膨らみ、また従事者の中での滞留者の多さや高齢化が問題視されるようにもなっていた。

 その結果、60年代前半には失業対策事業から民間の雇用に復帰させることを目的として、職業訓練や職業紹介に力点を置く制度が次々に導入される。1971年には「中高年雇用促進特別措置法」が施行され、失業対策事業はその時点で従事していた者に限って継続実施し、新たな流入は認めないことになった。1980年・1985年・1990年の各年に提出された失業対策制度調査研究報告では、この事業の終息に向けて段階的な縮小の筋道が示されており、それらを経て1995年に成立した「緊急失業対策法を廃止する法律」によって失業対策事業は幕を閉じることになった。

 このような経緯をたどった失業対策事業は、否定的な見方をされることがきわめて多かった。たとえば1962年に刊行された前川嘉一「失業対策事業試論」(『経済論叢』京都大学経済学会)という論文では、「失対労務者の多くが固定して、代替的労働力をもつものでない場合、それは資本制生産にとっては空費とならざるをえない。さらに失対労務者が組織的活動によって、資本による自由な労働の流動を妨げ、その労働諸条件を改善するに及んでは、失対労務者を資本蓄積の槓桿というよりは、その阻害条件として資本は考えるであろう」と述べられている。

 すなわち、相対的過剰人口としての失業者の存在は「商品労働力の労働諸条件を低落させる」限りにおいて資本主義にとって有効なのであるが、失業対策事業はそれを阻害することから許せない、という論理である。

 同じ1962年に内閣府が実施した「失業対策事業に関する世論調査」では、「失業対策事業で働いている人たちは、民間で働いている人とくらべて、年よりや女の人が多く、また、ほかの職業につこうとせず、長い間この仕事ばかりやっている人が多いのですが、このような実情についてご存じでしたか」「あなたは、失業対策で働いている人たちの仕事ぶりについてどう感じていらっしゃいますか。まじめにやっていると思いますか。なまけていると思いますか、ふつうにやっていると思いますか」といった、あからさまに世論誘導的な質問が設けられている。

 要するに、国家が失業者を直接に雇用することが資本主義と原理的に抵触するということと、その対象者の固定化や「組織化」といった現象とが相俟って、失業対策事業への負のレッテルが強化されていったということができよう。しかし、皮肉にも、失業対策事業が終息した1995年以降、 ・・・ログインして読む
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筆者

本田由紀

本田由紀(ほんだ・ゆき) 本田由紀(東大教授)

東大教授。1964年生まれ。東大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。日本労働研究機構研究員、東大社会科学研究所助教授などを経て、2008年から東大大学院教育学研究科教授。専門は教育社会学。教育・仕事・家族という三領域間の関係に関する実証研究を主として行う。著書は『若者と仕事』、『多元化する「能力」と日本社会』ほか。

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