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露呈したマードックの売上第一主義の危うさ

川本裕司

川本裕司 朝日新聞記者

英国の人気作家ジェフリー・アーチャーが書いた『メディア買収の野望』。その結末で、ルパート・マードックをモデルにした人物は「15分前にした約束を忘れたんですか」と問い詰められ、笑顔で答える。「わたしはうそをついたんだよ」。アーチャーが「物語の80%は事実」と言う作品で、策謀をめぐらしながら強引な買収劇が描かれた。

 マードックは、強い影響力で恐れられてはいたが、誰からも尊敬される人物ではなかった。時の権力にすり寄ることにちゅうちょしなかった。その結果、傘下に収める企業は増え続け、成功を遂げてはきた。だが、このメディア王が生涯で最も追い詰められた局面に立たされている。

 マードックが会長を務める国際メディア企業・ニューズ社の傘下にあった英大衆週刊紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)の記者らが行ってきた盗聴が明るみに出て、元編集長らが続々と逮捕された。NOWは7月10日号で廃刊、同月19日にはマードックは英国議会で証言を余儀なくされ、盗聴の被害者に謝罪する一方、自らの関与や辞任は否定した。

 しかし、盗聴罪で実刑判決を受けたNOWの元記者が07年にニューズ社に対する異議申し立ての手紙で、盗聴について幹部記者が「全面的に支援」、「日々の編集会議で広く話し合われていた」と記していたことがその後に明らかになった。

 NOWはマードックが英国で1969年に初めて進出した新聞だった。さらに同じ年、「サン」を手に入れると、タブロイドに変更するとともに、犯罪記事やセックス記事、ゴシップ、ヌード写真を売り物にして英最大部数の日刊紙に押し上げた。マードックの編集の手法はセンセーショナリズムに徹することだ。例えば、62年に国防相との関係が発覚したプロヒューモ事件の当事者であるコールガールの回顧録の抜粋権を、NOWは高額で入手し69年に掲載した。マードックは部数を伸ばし、売上高を増やす一方、従業員の首切りを含めて合理化を徹底させ、利益を生み出すことを第一とする方針を徹底させてきた。

 ウィリアムズ・ショークロス『マードック 世界のメディアを支配する男』によると、マードックは「新聞の成功や失敗に最終的に責任を持つのは社主である私だ」と述べ、編集の独立には共感を示してはこなかった。

 81年、高級紙タイムズを買収。85年に米メジャー映画会社の二十世紀フォックスを傘下に収め、89年にヨーロッパ発の放送衛星を利用したスカイ・テレビジョン(4チャンネル)を英国で始めた。07年には米国の高級経済紙ウォールストリート・ジャーナルを擁する米ダウ・ジョーンズの買収を成し遂げた。

 日本でもマードックが引き入り豪ニューズ社は96年、孫正義ソフトバンク社長と組んで、テレビ朝日の株式21・4%を取得した。テレ朝株は97年3月、朝日新聞社に売却したが、同年5月、CSデジタル放送「JスカイB」をソフトバンク、ソニー、フジテレビと立ち上げることで合意した。だが、98年には同じCSデジタルのパーフェクTVとJスカイBが合併、00年には豪ニューズ社が保有全株を譲渡し出資からは手を引く形となった。

 当時のJスカイB関係者によると、

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