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[6]ヒロシマからの問い

井伏鱒二「黒い雨」

外岡秀俊 ジャーナリスト

 またか。反応を一語に煎じ詰めると、その言葉になる。野田佳彦内閣が発足してわずか9日後の9月10日、原子力行政を束ねる蜂呂吉雄経済産業大臣が、「死のまち」と「放射能をつけちゃうぞ」という失言の責任をとって辞任した一件である。

 鉢呂氏は9日の記者会見で、東京電力福島第一原発周辺の自治体を「死のまち」と呼び、その日のうちに撤回し、謝罪した。そのときは「今後とも頑張っていきたい」と続投の意欲をみせていたが、9日の夕方からテレビ局など報道各社が「放射能発言」を報じ、10日の新聞各紙が発言を大きく扱って、与党内からも辞任論があがった。

 この経緯を詳しく扱った9月13日付の朝日新聞朝刊「メディアタイムズ」欄によると、「放射能発言」が出たのは、8日午後11時20分ごろ、第一原発周辺の視察を終えた鉢呂氏が、経産省の公用車を降り、東京・赤坂にある議員宿舎に帰る途中だった。待ち構えていた5、6人の記者に玄関付近で囲まれた鉢呂氏は、視察の模様を話していたが、質問が途切れると、測定された線量計の数値を話し、目の前にいた記者の一人に着ていた防災服の袖をこすりつけるようなしぐさをして、「放射能をつけちゃうぞ」と発言したという。

 だが、新聞各紙が報じた発言内容は微妙に異なり、「ほら、放射能」(読売)「放射能をつけたぞ」(毎日)、「放射能をつけちゃうぞ」(朝日)、「放射能をうつしてやる」(東京)、「放射能をつけてやろうか」(日経)など、ばらばらだった。

 私の経験からいうと、政治家の取材で記者はふつう、ICレコーダーで発言を収録しており、重要な発言であれば、その場で各社が内容を確認しあう。その場にいなかった記者が内容の確認を求めると、同じクラブに所属していれば、他社であっても教えるのが一般的だ。一閣僚が辞任するほど重要な発言の報道が、各社によってこれほど異なるのは、奇妙というほかない。

 9日に鉢呂氏が「死のまち」発言で謝罪したのをきっかけに、各社が競うように前夜の失言を報じ、鉢呂氏は辞任に追い込まれた。発足したばかりの野田政権は、野党から問責決議案を出され、船出から政権が立ち往生するのを恐れて鉢呂氏に辞任を求めた、とみるのが常識的だろう。自民党の安倍内閣以来、参議院で野党優勢となった「ねじれ国会」では、問責決議、不信任決議で国会が空転することを恐れ、閣僚の「失言」が直ちに「辞任」へとつながる土壌ができあがっている。

 それが政治家の「言葉」の重みにつながるのであれば、歓迎すべきことだろう。しかし実際には、「余計なことは言うまい」と、だんまりを決め込むか、うわべだけ被災者に寄り添う美辞麗句の軽さにつながってはいないだろうか。

 私自身の考えを書くと、「死のまち」は客観的な表現で、何人もの被災者から同じ言葉を聞いたことがあるし、その表現に問題があるとは思えない。「放射能をつけちゃうぞ」という発言は、担当閣僚が、事故を起こした原発の視察を終えた直後に、戯れるような冗談を口にしたという軽率さだけが問題なのではない。記者への冗談という文脈から切り離しても、触れただけで放射性物質がうつる、うつすという見方を助長し、被災者への差別の構図をつくりだすところに、問題の根源があるのだと思う。これは、担当閣僚としては、辞任に相当する発言だったと考える。

 だがここで、本題からは逸れるが、気になる点について触れておきたい。鉢呂氏の辞任のあと、私は経産省出身で原発事故処理にあたっている政府の中堅幹部と会って、この問題について話した。

 この人物によると、事実経過は次のようなものだったという。防災服を着替える暇もなく帰宅した鉢呂氏に、ある記者が、

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筆者

外岡秀俊

外岡秀俊(そとおか・ひでと) ジャーナリスト

1953年、札幌市生まれ。1977年、東京大学法学部卒業。同年、朝日新聞社に入社、社会部、外報部、ニューヨーク特派員、ヨーロッパ総局長、AERA編集部、東京本社編集局長(GE=ゼネラル・エディター)、編集委員などを経て、2011年3月に退社。著書に、『地震と社会――「阪神大震災」記』(上下、みすず書房)、『傍観者からの手紙――From London 2003-2005』『アジアへ――傍観者からの手紙2』(いずれも、みすず書房)、『情報のさばき方――新聞記者の実戦ヒント』(朝日新書)、『北帰行』(河出文庫)など。