2011年11月22日
マイケル・ルイスの原作の翻訳本は読んでいた。オークランド・アスレチックスの辣腕GMのビリー・ビーンを追いながら、主題が、いかに大リーグの球団経営に革命をもたらすか、ということだった。そのビーンを、イケメン俳優のブラッド・ピットが演じる。いい役者だと思う。ただ娯楽作としては一級品に仕上がっても、ビーンのずる賢さ、深い苦悩をピットから感じ取ることはできなかった。
有能なGMとは、嫌われ者でないとつとまらない。映画のピットは感動的なシーンも演じる。なかなか移籍先が決まらなかったスコット・ハッテバーグの自宅へ、ビーン役のピットが直接、契約しにいく。たぶん、そんなこと、GMはしないだろう。
逆にビーンが球場のダグアウトで解雇を告げるシーン。選手は静かに受け入れる。なぜ修羅場にはならないのか。ビーンとて、つらそうに言うのだが、現実にはもっと冷酷な言い回しになるのではないか。場面があまりにも淡泊すぎるのだ。
いずれにしろ、ビーンは絶大なる権力を持っている。言い合いの後、からだに触れたスカウト部長を即刻クビにする。選手のトレードでも独断でどんどんやってしまう。そこに情はない。数字と理あるのみ、である。
みんな忘れているだろうけれど、
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