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理系エリートと宗教

武田徹 評論家

先日、オウム真理教の元幹部・遠藤誠一被告の最高裁上告が退けられ、死刑が確定した。これで189人が起訴された一連のオウム真理教関係事件の裁判は、16年をかけて全て終結した。その中で死刑が言い渡されたのは13人。教祖の松本智津夫など一部の例外を除き、大学の理系部門の出身者がその過半を占めている。東大、京大、早稲田など一流大学で優秀な成績を収め、将来を嘱望されていた研究者だった者も少なくない。オウムは理系エリート集団とよく言われたが、一連の事件の担い手になっていったのもまた理系エリートであったことは何を意味するのか。

●技術解決主義的な宗教観、世界観

 宗教と科学技術は、実は相互に排他的なわけではない。たとえば反原発運動家だった故・高木仁三郎は『聖書は核を予見していたか』(新教出版社)の中で、旧約聖書の創世記における「ノアの方舟」伝承が、キリスト教信者たちに「技術解決主義」的な性格をもたらしたと指摘している。方舟製造という技術をもっていたノアだけが洪水という(神がつかわされた)災害の中で生き残ることが出来た。そんなエピソードが、科学技術によって自らを助ける者が、神に選ばれ、祝福される者になると考える道を開いた、と高木は指摘する。

 オウムの理系信者たちもまた強い技術解決主義的な考えの持ち主だったのかもしれない。というよりも、かたくななまでの技術解決主義的な信念が、彼らに理系エリートへの道を歩ませ、更には教団の門戸を叩かせたといえるのではないか。今の現実社会に問題が多くあるように感じ、それを科学の力を使って改革したいと望む――、優秀な学力を有し、積極性を備えていただろう彼らが理系の専攻を選んだ初志の時点で、おそらくそうした素朴な技術解決主義的な夢があったはずだ。

 しかし、長じて社会の成り立ちを知れば知るほど彼らは技術解決主義の限界を感じたのではないか。現実社会は科学者や技術者がその能力をフルに発揮できる場所ではなかった。経済的事情や様々な社会制度が彼らの活躍を阻む。

 そして、外的要因以上に科学技術自身が自らを縛っていた。たとえば超自然現象は初めから非科学的とみなされ、研究しようともしない。懐疑的精神こそが科学が進歩する源泉であるはずなのに、今の科学は自らの限界を突破することに消極的になってしまっている……。彼らが空中浮遊など超自然現象の実現可能性を謳い上げるオウム真理教に惹かれた心情には、そうした科学の消極的傾向への反発、即ち従来科学のカラを破りたいという願望があったのではないか。 

 その意味では科学こそが彼らを信仰に導いたのだ。しかし入信後、彼らはより切実な問題に直面する。1990年の衆院選に多数の候補を擁立するも全員落選、教団用地獲得活動に対して地元の強い反発を受けるようになったことが、オウム信者に強い被害者意識を持たせたと言われる。こうした教団存亡の危機という試練に対して、理系信者たちは自らの科学技術を用いて、まずは教団の直面する問題解決に当たろうとした。そこで彼らが着手したのがサリンの開発であり、その散布だった。

 複数の医師をも含む理系エリートが大量殺戮兵器として開発されたサリンを自らの手で作り、実際にそれを撒いて人殺しをする。その「意外性」について指摘されることが多かったが、第2次大戦時にナチスや日本帝国のようなファシズム国家の台頭という災厄に対して、英米のキリスト教徒の科学者や政治家たちが、原爆開発という技術をもって対抗しようとした歴史を思えば、それが特別なことであるとは言えまい。サリンも原爆も、

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