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出頭はオウム真理教の謎解く好機

緒方健二

緒方健二 朝日新聞西部報道センター記者

1995年9月14日に警察庁から特別手配されていたオウム真理教元幹部の平田信(まこと)容疑者(46)が昨年12月31日の深夜警視庁に出頭し、元旦に逮捕されました。恥ずかしいことに私は出頭の事実をリアルタイムでつかめず、1月1日未明にテレビのテロップで知りました。

 前回のこの欄でも書きましたが、私は平田容疑者が手配された目黒公証役場事務長拉致事件(95年2月28日発生)を警視庁捜査1課担当として取材していました。平田容疑者は95年3月30日にあった国松孝次・警察庁長官事件銃撃事件=10年3月に公訴時効=への関与が疑われたこともあります。そんな彼が17年近い逃亡の末になぜいまになって出て来たのか。どこで何をしていたのか。1月10日未明には元教団看護師の斎藤明美容疑者(49)が警視庁大崎署に出頭、「平田容疑者とずっと一緒にいた」と話し、犯人蔵匿の疑いで逮捕されました。ほかに逃走にかかわった教団関係者はいないのか。長官銃撃事件の10日前にあった地下鉄サリンをはじめ一連のオウム真理教事件に関与した信徒の裁判は昨年、すべてが終わりました。そのことと関係があるのか。疑問は尽きません。前回に続き、オウム真理教事件と捜査について考えました。

●出頭時の失態

 平田容疑者は大晦日の午後11時35分、東京・霞ケ関の警視庁本部庁舎に来ました。正面玄関には庁舎を警備する役割の機動隊員が24時間、365日立っています。その隊員に本名を名乗り、出頭した旨を伝えました。ところが隊員は平田容疑者本人と思わず、いたずらと考えて「近くの警察署か交番に行くように」と告げます。平田容疑者は指示に従い、そこから約700㍍離れた警視庁丸の内警察署に午後11時50分ごろ行き、拘束されました。「結果オーライ」と言う警察幹部もいますが、もしも出頭を取りやめて再び逃亡していたらとんでもない不祥事となり、国民の警察への信頼が崩れ去ったことでしょう。

 隊員の対応について警察庁の片桐裕長官は1月5日の定例会見で「対応として適切ではなかったと言わざるを得ない。今後こういったことのないように基本に則って緊張感をもって職務に当たるよう指導を徹底して参りたい」と述べました。これを受けて警察庁は6日、全国の警察本部に「指名手配容疑者がいつどこに出て来るかわからないから万全の対応を取れ。指名手配容疑者のことをもっと勉強せよ。逃亡中の手配容疑者が死んだなどと勝手に思い込まず追跡捜査に全力を挙げよ」と指示しました。どれも本来は警察が日常業務としてこなすべきことで、改めてかんで含めるように指示せざるを得ない現状に頼りなさを覚えます。

 この隊員は30歳代の巡査部長です。最前線で庁舎警備に当たる警察官ですから優秀な人のはずです。長く警視庁詰めをしていた私は、警視庁を訪ねて来た人が訳のわからないことを言って隊員を悩ませる場面をたくさん見てきました。道案内を請う人たちに場所を教える「地理教示」もしなくてはなりません。暑い日も寒い日も長時間立ち続け、膨大な来訪者をチェックする隊員たちのしんどさは理解できます。それでも今回のような対応はいただけない。自分で判断せず、上司に報告するのが筋です。警視庁の建物の中には刑事部や公安部の当直捜査員がいて、そこへ引き継げば問題はなかった。

 警視庁は過去に、重大事件容疑者の突然の来訪を手際よくさばいたことがあるだけに今回の失態は解せません。08年11月に埼玉、東京の両都県で元厚生事務次官宅が連続して襲われ、2人が殺され、1人が重傷を負った事件では、最初の事件から4日後の夜、男が車で警視庁に乗り付け「事務次官を殺した」と告げたのです。異例の出頭です。この時点で警察は犯人を特定していませんでした。対応したのはやはり機動隊員です。隊員は至急報として110番通報しました。すぐに庁舎内や周辺から警察官が集まります。車内に血のついた刃物が複数あったため、男を逃さないように取り囲み、身柄を近くの警察署に移して翌日未明に銃刀法違反容疑で逮捕、後日殺人容疑で逮捕したのです。相手が何者か不明でも、まずは逃がさないようにして事情を聴きつつ、所持品を調べるという本来の対応ができていました。

 02年10月に民主党の石井紘基衆院議員が東京の自宅前で刺殺された事件でも、容疑者の右翼団体代表の男が「自分がやった」と警視庁に出頭しました。この時も問題なく対応しています。

●「特別手配」~最高レベルの凶悪事件容疑者は平田容疑者含め過去に51人が対象

 さて平田容疑者が受けていた「特別手配」は聞き慣れない用語ですが、ちゃんと定義があります。警察庁が72年1月に始めた制度で、正しくは「警察庁指定被疑者特別手配」といいます。全国の警察本部が指名手配した容疑者のうち、「治安に重大な影響を及ぼし、社会的に著しく危険性の強い凶悪または重要な犯罪の容疑者」を警察庁が指定します。容疑者の写真を公開して早期逮捕を目指します。

 特別手配を受けた容疑者はこれまでに51人います。72年1月21日に殺人や強盗、爆発物取締罰則違反などで7人が手配されたのが最初でした。最後の手配は95年11月16日、東京・新宿の地下街便所に毒物の青酸ガスを仕掛けたオウム真理教信徒の2人です。51人はどうなったか。逮捕は45人、公訴時効3人、死亡1人です。今もなお逃げているのは地下鉄サリン事件に関わった菊地直子(40)、高橋克也(53)の2人だけです。オウム真理教の手配者が19人もいることは、教団がどれほど多くの凶悪犯罪に関わったかを示しています。

 逮捕者45人のうち出頭してきたのは平田容疑者を含めて8人います。うち6人がオウムの信徒でした。手配から1年前後での出頭が目立ちます。出頭直後は「みんなが出て来て逃げ切れないと思った」「もう歩き疲れた」などと話していたようですが、真実かどうかわかりません。新宿地下街毒物や都庁爆弾事件などに関与した教団幹部(42)=懲役15年判決確定ずみ=は、特別手配から18日後に埼玉県警蕨署に出頭しました。現金12万円を持っていて「教団に迷惑を掛けたくない」と述べ、手配容疑は否認していました。所持金その他が平田容疑者と似ています。この幹部の出頭の狙いについて捜査当局は、当時教団への破壊防止活動法適用の動きが進んでいたことから「破防法適用を逃れるために早期出頭させたのでは」と見ていました。

●出頭の真意は?

 平田容疑者はなぜ出頭してきたのでしょうか。警視庁の取り調べや、接見している滝本太郎弁護士に対する説明からはまだ真意が見えてきません。出頭を考え始めたのは目黒公証役場事務長拉致事件の翌年の96年ごろで、そのきっかけは ・・・ログインして読む
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筆者

緒方健二

緒方健二(おがた・けんじ) 朝日新聞西部報道センター記者

朝日新聞社会部員(組織暴力専門記者)。1958年大分県生まれ、同志社大卒。毎日新聞社を経て88年入社、92年東京本社社会部。警視庁警備・公安、捜査1課、国税などを担当、99~2004年警視庁キャップ。東京社会部デスクを経て、04年から警察・事件担当の編集委員。地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件のほか数多の殺人、贈収賄、暴力団犯罪などを取材。17年4月から西部報道センター。

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