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東日本大震災から1年。3月11日前後には、新聞や雑誌には多くの特集記事が組まれ、テレビでも特別番組やドラマが目白押しでした。そんな中で、ちょっと気になる言葉がありました。

 被災者に「寄り添う」。悲しみに「寄り添う」。「絆」「つながる」などなど……。

 実際に被災地で活動している人たちが使うのならいいのですが、報道する側の記者やレポーター、司会者に使われると、一瞬にしてその言葉は空疎なものになってしまったように、私は感じました。

 私も記者をしています。もちろん、できる限り寄り添いたい、と私自身思います。ですが、「寄り添う」とはそんなに簡単なことではないのではないでしょうか。たとえば、私は25年、中国残留日本人孤児のことを取材し続けていますが、そうありたいという思いはあっても、「孤児たちに寄り添ってきた」などと口に出したことはありません。というか、「寄り添う」なんておこがましく、恥ずかしくて言えません。それに取材者である自分が、100%寄り添えるのか、と言われれば、正直それは難しいのではないかと感じます。私たちは書かなければいけないことがあれば、書かなくてはならないからです。私たちの仕事は、事実を伝えることなのですから。

 矛盾するようですが、 ・・・ログインして読む
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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

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