メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

メジャーリーグの日本開催を喜んでいていいのか?――プロ野球に欠ける世界戦略

大坪正則(スポーツ経営学)

大坪正則 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

 3月28日と29日に米国メジャーリーグ(MLB)の公式戦開幕シリーズが東京ドームで行われた。MLBチームの来日は4年ぶり。しかも、今回はシアトル・マリナーズの訪日だから、イチロー選手の「凱旋興行」と目され、チケットの最高額が18000円であるにもかかわらず、両日で9万人に近い野球ファンが東京ドームに駆け付けた。

 マーチャンダイジングの商品も飛ぶように売れ、特にイチロー選手のユニフォームのレプリカはあっという間に完売したとテレビで報じていた。

拡大東京ドームでのメジャーリーグ開幕戦では、シアトルの球場で見られるイチローの安打数を記録する「イチメーター」も登場=2012年3月28日

 今年の開幕シリーズが大成功だったので、世界市場への進出を推し進めるMLBはさぞかし満足のことだろう。日本のファンも大喜びだった。この成功を梃子に、日本は言うに及ばず、MLBの中国や韓国などへのアジア向け攻勢が更に強まるだろう。

 一方の日本のプロ野球(NPB)はMLBの成功を手放しで喜ぶ立場にない。喜ぶようであれば、単なるお人好しに過ぎない。逆に、NPBが世界戦略を全く持ち合わせていないことがあからさまに露呈した。スポーツを含むエンターテイメント関連ビジネスが「内弁慶」では困る。

 今回はプロスポーツの海外進出について言及する。

 ヨーロッパのサッカーは米国のプロリーグと別の道を選んだ。サッカーの場合、ワールドカップやチャンピオンズ・リーグの開催が示すように世界市場への普及や浸透の役割は国際サッカー連盟(FIFA)と大陸ごとの連盟が担っている。従って、各国のプロリーグは国内のリーグ戦に専念すればよいことになっている。だから、この仕組みの下では、各国のリーグとクラブが独自に海外で興行を行う時には大きな制約を受ける。事実上、公式戦を他の国で実施することは難しい。

 米国のプロリーグは、世界最大のスポーツ市場である自国内でビジネスを展開できるので海外にあえて進出する必要性を感じることはなかった。その米国が世界に目を転じるようになったのは1980年代後半だ。

 きっかけはバスケットボールだった。バスケは米国で生まれた言わば米国の国技。ところが、オリンピックで米国の代表チームは当時の社会主義国が養成するステート・アスリートからなるチームに勝つことができなかった。打開策はプロの参加、即ちプロバスケ(NBA)選手のオリンピック出場だった。

 そこで、デビッド・スターンコミッショナーが登場する。彼は、米国のため、そしてNBAのために戦略を練り、実行に移した。戦略の柱は、(1)1990年の東京での公式戦開幕試合の開催(2)1992年のバルセロナオリンピックでのNBA選手からなる米国代表チーム、いわゆる「ドリームチーム」の結成だった。

 東京での開幕試合を日本だけではなく世界のメディアが注目した。また、バルセロナでの米国代表チームの文句なしの優勝はNBAの名前を世界中に広めた。NBAの成功は他のプロリーグに刺激を与え、彼らも一斉に世界市場に乗り出すことになった。その時、日本が進出先になった。当時、日本は国内総生産が世界第2位で、プロ野球も人気があるから、日本進出は当然のことと考えられた。MLBとアイスホッケーのNHLがNBAに次いで日本で公式戦を開催し、アメフトのNFLもプレシーズンの試合を行った。

 米国大陸がフロンティアを求めて東部から西部に向かって開拓が進んだように、米国のプロリーグは、これまでそうであったように、そしてこれからも、世界戦略を次のような形で進めるだろう。

(1)日本に橋頭堡を築いた後に、中国やインドを含めたアジアに進出

(2)英国を軸に、欧州とアフリカに進出

(3)カリブ海諸国を傘下に収め、ブラジルを中心に南アメリカ大陸の足場を確立

 だが、世界市場への進出には、その前に進出を容易に進めるための準備が必要である。その準備には、試合の興行に加え、増収に寄与するテレビ・商品化・スポンサーシップの一括管理業務の確立と、興行のリスクを引き受けてくれるパートナー選定が含まれる。

 海外での権利処理の場合、試合開催は主役ではない。なぜなら、本来、試合はフランチャイズで行うものであり、海外で試合数を増やすことは最も重要なフランチャイズ区域のファンを失いかねないからだ。従って、海外の試合数は限定的となり、海外での主役はテレビ・商品化・マーチャンダイジングの現金化となる。そのため、公式戦開催は権利の販売プロモーションツールに徹することが重要になる。

 このことをNPBにあてはめてみると、NPBの現状が明白になる。権利の一括管理を行っていないので、海外での権利処理ができない。知的財産権の現金化では大きな欠陥だ。そのため、NPBの代表もしくはチームが海外で試合を行ってもビジネスの観点からは意味のないものになってしまう。ワールド・ベースボール・クラシックで優勝してもNPBに海外からの収入が全くなかったことが立派な証である。

 米国のプロリーグも海外進出に関しては順風満帆とは言えなかった。

 例えば、NFLはパートナーと組まずに単独で欧州にリーグを作ったが失敗した。日本でもパートナーが費用負担に耐えられずに撤退し、試合開催が途切れた。試合開催の引き受け手がいなくなったNBAとNHLも公式戦を10年以上も日本で行っていない。海外で足場を固めるには、1~2年の短期間では無理。これこそ、「継続は力なり」なのだ。まして、公式戦を行う本格的な市場開拓となれば、資金を潤沢に持っていてリスクを取ってくれるパートナーが不可欠なのだ。

 その点から推測すると、MLBが言うほど簡単ではないだろう。MLBが目論む中国やその他の東南アジアでの公式戦開催は相当ハードルが高いと予想する。とはいえ、開拓精神の旺盛な米国のプロリーグだから、諸々の策を講じて世界市場のフロンティアを拡げるに違いない。現に、NBAは着々と中国とブラジルに布石を打っている。

 かかる環境にもかかわらず、日本では前回のMLBの来日同様、今回もNPB球団の親会社がMLBのパートナーとなりリスクを負って開幕シリーズを主催した。奇妙なことだ。

・・・ログインして読む
(残り:約707文字/本文:約3183文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

大坪正則

大坪正則(おおつぼ・まさのり) 大坪正則(帝京大学経済学部経営学科教授)

1947年生まれ。1970年、伊藤忠商事に入社。1981~85年まで、アメリカのニューヨークとデンバーに駐在。情報通信総合企画室などを経て 1986年、NBAプロジェクトマネジャーに。現在、帝京大学経済学部経営学科教授。専門はスポーツ経営学。著書に『パ・リーグがプロ野球を変える』『スポーツと国力』(以上、朝日新書)、『プロ野球は崩壊する!』(朝日新聞社)、『メジャー野球の経営学』(集英社新書)など。2014年3月4日、死去。

大坪正則の記事

もっと見る