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警察現場のやりがいを取り戻せ

河合幹雄

河合幹雄 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

ひとつの事件から「近頃の警察は」と一般化するのは間違いだが、今回のストーカー殺人事件へのお粗末な対処は、一警察官のミスではない。この機会に、警察のあり方について反省することは有益であろう。不祥事とストーカー事件という二つの観点からみておきたい。

 最近、警察官の不祥事が多数報道されている。昨年1年間の処分者は367人で2010年から高止まりしているという。警察組織は腐ってきているのであろうか。私の診断では、ことはそう単純ではない。まず、大きな視野で捉えると、不祥事の重大さも数も、先進諸外国の警察官と比較すれば桁違いに少ない。ということは、このような信頼度が高い警察を作ることがなぜ達成できて、それが今、少し揺らいでいるのかという視点でみなければならないことになる。

 ところが実際は、警察官の質は良くなっているというのが私の観察結果である。犯罪が増えた、凶悪化したという治安悪化を信じている国民が8割以上いるようであるが、実は違うことを私は指摘してきた。今回は、治安悪化同様、警察官の悪化も統計のマジックと報道に惑わされた、誤った印象だと言わなければならない。1950年代、刑務所では年間何百人もの脱獄があり刑務官は受刑者によって数名殺害されていた。当時、警察は、まだまだ拷問をやめず、冤罪と気付いても対面を保つために、無実の者を自供させて何人も死刑に追いやった。80年代に再審無罪が確定しただけでも4人もいた。時代が落ち着いた後、1984年でも元警察官による連続強盗殺人事件が起きている。悪化論が今の時代に受けるというようなことで軽はずみな判断を下してはならない。

 処分者が増えているのは、不祥事を働く警察官の増加よりも、内部への監督強化の結果であるという仮説が成り立つ。私の知る限り、警察庁の中枢部分は、不祥事を隠蔽する古い体質から脱却することを模索し始めていると思う。しかし、それが十分に徹底されていなかったということが露呈したのが今回の事件であったと思う。

 ストーカー事件への対処についても考察しておきたい。ストーカー行為は、極めて最近「発見」されて立法された罪種である。異性に対する未練からオッカケルことは昔からあったかといえば、心情的にはあったであろうが、身近な他者が止めていたと推測している。未練がましいのは恥とされる文化があり、友人の目が抑制力となっていたし、宥める人もいたということである。人間関係の希薄化から、この止める役の他者がいなくなり、警察が取って代わったのがストーカー規正法の成立の背景事実であると私は捉えている。そうだとすれば、ストーカーというのは、伝統的には犯罪者らしい犯罪者ではない。したがって、その人と付き合った被害者にも、警察官にも、危険人物に見えなくて当然ではないかと考えられる。危険なストーカーへの対処は、これからノウハウを蓄積すべき難問なのである。もちろん、このことを押さえた上でも、今回の事例は、対応に丁寧さを欠いたと言わざるを得ない。

 では、どうすればよいのか私の対処案を示したい。不祥事対策の王道は、

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筆者

河合幹雄

河合幹雄(かわい・みきお) 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

1960年、奈良県生まれ。京都大大学院法学研究科で法社会学専攻、博士後期課程認定修了。京都大学法学部助手をへて桐蔭横浜大学へ。法務省矯正局における「矯正処遇に関する政策研究会」委員、警察大学校嘱託教官(特別捜査幹部研修教官)。著書に『安全神話崩壊のパラドックス 治安の法社会学』『日本の殺人』『終身刑の死角』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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