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警察は12年前の屈辱と誓いを忘れたか

緒方健二 朝日新聞西部報道センター記者

長崎県西海市で昨年12月、2人の女性が殺されました。千葉県習志野市に住んでいた女性の母と祖母で、殺人容疑で逮捕されたのは三重県桑名市に実家のある筒井郷太容疑者です。筒井容疑者は習志野市の女性と一時同居しており、女性が長崎県に帰郷した後も女性との復縁を迫って女性の親族や知人に「会わせろ」と迫っていました。これが「長崎ストーカー殺人事件」です。

 関係する警察本部が千葉、三重、長崎と3つあり、それぞれの失策が重なって最悪の結果を招いてしまいました。ストーカー事件をめぐる警察の失態は今に始まったことではありません。2000年に警察が解体的出直しを強いられた「警察改革」のきっかけとなった不祥事のひとつは、女子大生が殺された埼玉・桶川ストーカー事件でした。その後警察は、被害者の言い分を真剣に聞くと改めたはずです。2000年にはストーカー規制法が施行され、捜査もしやすくなった。にも関わらず、この体たらくです。屈辱にまみれ、再生を誓ったはずの警察改革から12年、警察は当時の緊張感、危機感を忘れ去っているようです。実害を被るのは国民です。これ以上の劣化を止めなければなりません。

▽事件は

 警察が最初にこの件を知ったのは昨年10月29日です。習志野市の女性の父が「娘が男から暴行を受けているようだ」と長崎県警西海署に相談します。西海署は千葉県警習志野署にこの旨を伝えました。翌日、習志野署が女性を保護し、筒井容疑者に任意同行を求めて「暴力はふるわない。連絡を取らない」と書面で約束させ、口頭で警告しました。女性は実家のある長崎県に帰りました。

 でも筒井容疑者はあきらめません。女性の携帯電話に連絡し、11月1日に習志野署から二度目の警告を受けます。筒井容疑者は、今度は女性の知人らに脅迫電話やメールをします。父は11月21日にその旨を習志野署に相談、同署は「脅迫された人たちの居住地を管轄する警察署に相談を」と伝えました。12月6日、父と女性が習志野署に来ました。暴行の実態を伝えて被害届を出し、刑事事件で筒井容疑者を逮捕してくれと望みます。ところが刑事課は、ほかの事件複数を抱えていることを理由に被害届の受理を「一週間待って」と保留しました。9日、父が「娘の自宅周辺に筒井容疑者がいる」と同署に連絡、署員が筒井容疑者に三度目の口頭による警告をし、一緒にいた三重県の両親に引き渡します。でも女性からの事情聴取をしていないことを理由に、この日は筒井容疑者を逮捕しません。本格捜査に乗り出すのは12月12日です。ところが筒井容疑者は14日に、三重県桑名市の実家で父を殴って飛び出します。三重県警からこれを伝えられた習志野署は、長崎県警には連絡しなかった。そして16日、筒井容疑者が西海市で女性の母と祖母を殺したのです。習志野署が筒井容疑者について傷害容疑で逮捕状を取ったのは翌17日でした。筒井容疑者は17日、長崎県警に逮捕されますが容疑は当然のことながら殺人でした。

▽検証

 ストーカー被害を受けていた女性の親族2人が殺されて初めて、千葉県警はことの重大さに気づきます。翌18日から事件に至る経緯の検証を始め、今年3月5日にその結果を公表しました。検証には三重、長崎両県警も加わりました。「3県警の連係に不備があった」「切迫感に欠けていた」という結論です。身内を殺された後で、こんな間抜けな検証結果を聞かされた遺族はたまらないでしょう。

 これまでも警察の対応不十分でストーカー被害者が殺されたケースは複数あります。その都度、警察庁は再発防止の徹底を全国の警察本部に指示してきました。抽象的な指示ではダメだとさすがに悟ったのでしょう。3月5日に出した指示は、まるで幼稚園児に教え諭すようなわかりやすいものでした。曰く、(1)相談を受けた警察署ではストーカー事案担当の生活安全課だけでなく刑事課を交えて加害者対応を検討しなさい(2)警察署の要員が足りないときは警察本部に連絡して応援を頼みなさい(3)今回のように関係者が複数の警察本部にいる場合もあるから、警察本部にほかの警察本部との連絡、調整を担う担当者を置きなさい、と。

 平時からやっていて当然のことができていない現実が情けないし、恐ろしい。

▽検証に盛り込まなかった「慰安旅行」

 3月下旬になってある事実が発覚します。習志野署の生活安全課長や刑事課強行係長ら署員12人が昨年12月8日から10日まで、北海道へ慰安旅行に出かけていたのです。生活安全課長はストーカー事案対応の責任者で、強行係長は筒井容疑者を傷害容疑で捜査する部門の担当者です。ご一行の課別内訳は生活安全課3人、刑事課4人、地域課2人、交通課2人、警備課1人でした。

 出発日の2日前、ストーカー被害者の女性と父が署に来て被害届を出すと言った際に応対したのは生活安全課です。生安課は刑事課に引き継ぎ、刑事課は「別の事件を抱えているから受理は12月12日まで待って」と先送りしたのではなかったか。受理の先送りを12月6日に被害者側に伝えたのは強行係長でした。どう抗弁しようと、これでは「旅行に行くから、その間は受理できないからよろしく」と言っているのに等しい。

 旅行のことは3月5日発表の検証には盛り込んでいませんでした。この事実は、昨年12月18日には千葉県警幹部はつかんでいました。なぜ盛り込まなかったのか。千葉県警は四の五の言っているようですが、「これでは遺族も国民も到底納得してもらえない」と、県警で警察官や職員の不祥事を担当する監察部門が内部の関係者から事情を聴いています。隠す意図があったのなら極めて悪質ですが、「習志野署には刑事課長も残っていたし、旅行は捜査に影響ない。何か問題でも?」と本当に考えていたとしたら警察の看板を下ろした方がいい。

 旅行そのものを私は否定しません。習志野署だけでなく、全国どこの警察署でも警察本部でもチーム単位で実行しています。レクリエーション旅行とか慰安旅行とか呼び名はさまざまですが、仲間同士の結束を図り、日々の重圧を忘れるのが目的といいます。費用もそれぞれが積み立てています。

 でも ・・・続きを読む
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筆者

緒方健二

緒方健二(おがた・けんじ) 朝日新聞西部報道センター記者

朝日新聞社会部員(組織暴力専門記者)。1958年大分県生まれ、同志社大卒。毎日新聞社を経て88年入社、92年東京本社社会部。警視庁警備・公安、捜査1課、国税などを担当、99~2004年警視庁キャップ。東京社会部デスクを経て、04年から警察・事件担当の編集委員。地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件のほか数多の殺人、贈収賄、暴力団犯罪などを取材。17年4月から西部報道センター。

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