メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

[8]小さいデモは「大きい」――海外から見た反原発運動(上)

二木信 音楽ライター

 現在、311以降の反原発デモ――「素人の乱」の呼びかけた「原発やめろデモ」を題材にした『RADIOACTIVISTS /Protest in Japan since Fukushima』(以下『RADIOACTIVISTS』)というドキュメンタリー映画が散発的に公開されている。自主映画であるため一般の映画館で上映されているわけではないが、すでに日本国内でも何度か自主上映が行われた。

 この映画を制作したのは、クラリッサ・サイデル(27歳)とユリア・レッサー(25歳)という二人のドイツ人女性で、彼女たちは東日本大震災と福島の原発事故に東京で遭遇している。原発事故直後、二人はドイツに一時帰国するものの、『RADIOACTIVISTS』の撮影のために再び日本にやってきた。多くの外国人が日本から大挙して離れた4月のことだ。

拡大「RADIOACTIVISTS」撮影の様子。左がクラリッサ・サイデル、右がユリア・レッサー=前橋映像祭実行委員会提供

 『RADIOACTIVISTS』は、2011年4月から6月まで計3回の「原発やめろデモ」を追っている。デモ現場の様子はもちろんのこと、会議や準備段階の舞台裏にも密着し、また、「素人の乱」の松本哉ら関係者や、社会学者の毛利嘉孝、政治学者の木下ちがや、元「現代思想」編集長の池上善彦といった人々にも取材をしている。

 群衆が大騒ぎする「原発やめろデモ」のシーンには熱いものが込み上げてくるが、筆者がとくに印象的だったのは冒頭のシーンだった。そこで木下ちがやは、エジプトやチュニジアなどの中東の民主化革命が日本社会にどのような影響を与えるかを考えている矢先に地震と原発事故が起きたとインタビューに答えている。

 そのショットに重なってくるのは、311以降のJR新宿駅前の映像だ。何の変哲もない、これまでと“変わらない”日常。喫煙所で煙草を燻らせる若者をアップで捉えたその映像は、この国の諦念と倦怠を象徴しているようだった。そこには、依然として変わることのない日本社会が浮き彫りになっている。

 そして映画は、デモの熱狂と日常の風景を交互に映し出しながら進んでいく。

 『RADIOACTIVISTS』を観ながら、筆者は311以降、この国で何が変わり、何が変わっていないのか、深く考えていた。

 それを解く意味でも、筆者はこの二人の映像作家にメールでのインタビューを試みた。大震災と人類史上最悪の原発事故に異国の地で直面するという特別な経験が、彼女たちを映画制作に向かわせたことは想像に難くない。放射能汚染と震災後の混乱のなかにある東日本に果敢にもやってきて反原発デモを取材しようとした、その情熱がどこからきているのか、彼女たちの映画制作の動機とこの映画に込めた思いはどんなものなのだろう。

 クラリッサ・サイデルは1985年にドイツのミュンヘンで生まれ、ノイブルク、インゴルシュタットといった町で育った。大学ではメディアとコミュニケーション、異文化交流について学び、短編映画の制作や写真の撮影をしていたという。そんな彼女は、数年来の友人であり日本に留学していたユリアを訪ねて2011年の2月から東京に滞在していた。そのなかで、あの震災と原発事故に遭遇する。

 ユリア・レッサーは1987年にドイツのエルフートで生まれている。8歳から18歳まで、芸術学校で彫刻、グラフィック、インスタレーションを学び、高校卒業後はニュージーランドで1年間を過ごす。その後、映画館で働いたことをきっかけに、少しずつ映画の世界に興味を向けていった。2008年にはライプチヒ大学で学士を取得するために日本研究と政治学のコースを受講、2010年9月からは交換留学プログラムの一環として早稲田大学に留学している。

 ユリアは地震が起きる以前から、東京の都市空間と公共の秩序、抵抗文化やDIY文化について研究するため、2011年5月のメーデーのデモを撮影する計画を立て、1月から準備にとりかかっていた。震災のためクラリッサとともに一時的にドイツに帰国したが震災から2、3週間後、インターネットで4月10日の「原発やめろデモ」の告知を見つけたことで、「RADIOACTIVISTS」の着想が生まれる。ユリアはその時の興奮をこう語る。

 「反原発のプラカードのデザインや“超巨大反原発30万人デモ開催へ!”という告知文を見て、本当に興奮しました。私は即座に、『東京に戻ってデモを撮影しよう』という考えをクラリッサに伝えました」

 ドイツでは福島の原発事故から間もなく25万人が参加したと報じられた反原発デモが起きている。一方、日本では異例の動員数だった4月10日の「原発やめろデモ」ですら参加人数は1万5000人(主催者発表)だった。「原発やめろデモ」の発端のひとつに「ドイツで大規模な反原発デモが行われているのに、日本でやらないわけにはいかない」というものもあった。ドイツが25万人ならこちらは30万人だ! と。ドイツの反原発デモが「原発やめろデモ」に間接的にインパクトを与えていたのだ。動員数ではドイツには到底及ばなかったが。

 では、ドイツにおいて震災後の日本はどのように報道され、語られていたのだろう。クラリッサはこう語る。 ・・・ログインして読む
(残り:約1535文字/本文:約3671文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

二木信

二木信(ふたつぎ・しん) 音楽ライター

音楽ライター。1981年生まれ。ヒップホップ、黒人音楽を中心に幅広く音楽を論じる。共編著に『素人の乱』、共著に『ゼロ年代の音楽――壊れた十年』(ともに河出書房新社)などがある。『MUSIC MAGAZINE』、音楽web magazine『ele-king』などに寄稿多数。「素人の乱」が呼びかけた「原発やめろデモ」では実行委のひとりとして精力的に活動を行う。