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日本でも人気が高まっているブータンに行ってきました。

 ブータン人気の背景には、昨秋来日したワンチュク国王夫妻のさわやかさが、日本人の心に鮮烈に響いたことが大きいと思われます。また、ご存じの方も多いと思いますが、2005年の国際調査で「あなたは幸せですか?」という問いに97%が「はい」と答えたということでも、驚き、憧れなどが入り交じって、興味を抱いた人も多かったのではないでしょうか。

 今回私が訪れたのは、首都ティンプーから約7時間、山道を車で走り、さらにそこから徒歩で約20分ほど山道を登った、標高約1600メートルの南部の村でした。これまで日本に伝わっていたブータンのイメージとはまた違う世界がそこに存在しました。

 人々は礼儀正しく、子どもたちは子どもらしく、つつましく暮らし、心穏やかな空気が流れていました。しかし、決していまの日本でいう「幸せ」がそこにあったわけではありません。

 ブータンは九州とほぼ同じぐらいの広さの国土に約70万人が生活しているヒマラヤの小国です。北を中国、南をインドという大国に囲まれています。1人当たりの国民総所得は2020ドルで、国民の4人に1人は貧困レベル以下の生活をしている開発途上国です。

 夕刊で掲載した連載で紹介しましたが、私が訪れたダガナ県ツァンカ村にあるジンチェラ小学校では235人の生徒のうち、校長先生によると、1割ほどは家ではご飯が食べられない状況だそうです。

 5年のカルマ・ヤンゾムちゃん(11)と2年のソナム・ヤンデンちゃん(8)姉妹も例外ではありません。学校では朝と昼と給食を提供しています。子どもたちは午前7時すぎには学校にやってきて、午前8時から朝食を食べます。朝はひよこ豆の入ったご飯です。食堂棟の床にみなで座ってほおばっていました。私が訪ねた朝は、25人がお代わりをしていました。ソナムちゃんもそこにいて、ご飯を口に運びながら「ときどき夕食を食べられないんだ」と話してくれました。

 授業が終わった後に、私は姉妹と一緒に下校しました。急峻な山道を約20分。こちらはすぐに息があがりましたが、彼女たちは粗末なサンダル履きで、細い道を軽々と駆けあがっていきました。

 自宅は山の中腹にぽつんと立っていました。壁は石造りで屋根はトタン。母のペマ・ヤンゾムさん(28)が長男のウゲン・ナムゲイ君(1)を抱っこして出迎えてくれました。

 中に入ると、8畳ほどの広さ一間で、天井には黄色いトウモロコシが干してありました。電気は3カ月前に通ったばかりで、家の入り口に小さな電球がひとつ下がっていました。

 ペマさんは東部の出身で、牛やヤクを放牧して暮らしていたのですが、2002年に政府の政策で約200アールの土地をもらって移住して来たそうです。

 夫は家に寄りつかず、たまに戻ってきては暴力を振るい、なけなしの金を持っていくそうです。ペマさんが栽培するトウモロコシは一家が食べる分にも足りません。長男が生まれる前は、1日100ヌルタム(1ヌルタムは約1・6円)ほど稼げる道路工事に度々出ていたそうですが、今はたまに近所の家事の手伝いに行くぐらいだといいます。

 「食事は1日1回。2回食べることはあまりない。金がなくて米は買えない。日々の食事に今一番困っている」とペマさんは言いました。

 子どもたちの授業料は無料ですが、制服代などは自費です。2人の娘が着る制服は「キラ」と呼ばれる民族衣装で、一着約500ヌルタム。また、雑費として年間1人155ヌルタムを学校に払わなければなりません。3000ヌルタムを借金して娘たちを学校に通わせているそうです。

 「どこまでできるかわからないが、子どもたちをできるだけ学校に行かせたい。私のようにならないために」。ペマさんは学校に行ったことがなく、読み書きはできません。話す言葉も、公用語のゾンカ語ではなく、東部の方言でした。

 子どもたちに今一番ほしいものを尋ねてみました。カルマちゃんは「お金」、ソナムちゃんは「車」と答えました。それで母を助けたいのだというのです。本当に生活は厳しいのです。

 ペマさんは「楽しいことは何もない」と言いましたが、私はあえて聞きました。

 「あなたは幸せですか?」と。

拡大カルマちゃん(左)、ソナムちゃん姉妹の自宅。手前は母親のペマさんとウゲン君

 ペマさんは「はい」と答えました。その理由を問うと、

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筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

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