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「棚ぼた」頼りを憂慮する

緒方健二

緒方健二 朝日新聞西部報道センター記者

 オウム真理教による地下鉄サリン事件などで特別手配中だった元信徒の菊地直子容疑者(40)が6月3日に逮捕されました。きっかけは、菊地容疑者の正確な居所を知る人からの極めて有用な情報提供でした。同じく特別手配されていた教団元信徒の平田信被告(47)は昨年の大みそかに警視庁に自ら出頭、逮捕されました。いわば「棚からぼた餅」です。警察は、出頭や情報提供に頼らず、自前の追跡捜査で重要事件の容疑者を逮捕できないのでしょうか。平田被告と菊地容疑者の逮捕で、オウム真理教事件の特別手配容疑者3人のうち、13日現在、なお逃げているのは高橋克也容疑者(54)だけとなりました。菊地容疑者らの供述で、克也容疑者も最近まで神奈川県内にいたことがわかりました。せめて高橋容疑者は自前の捜査で捕まえてほしいものです。

 ●自前の追跡・逮捕はできる、はず

 この欄でオウム事件について何度か書いた通り、私は地下鉄サリン事件が起きたとき、教団事件捜査の中核を担う警視庁捜査1課を担当していました。捜査が進むにつれ、地下鉄サリン事件や94年の松本サリン事件、95年2月の公証役場事務長拉致事件などへの教団関与がわかり、取材側にとっても怒りと驚きと苦しみの日々でした。

 教団トップ麻原彰晃の下で、多くの信徒が日本社会にテロを仕掛ける構図が浮かび、警察は次々と関与信徒を特定して手配し、逮捕に乗り出します。

 教団信徒は計19人が特別手配容疑者に指定されます。通常の指名手配と異なり、一刻も早く捕まえないと社会を不安にさせる凶悪犯罪をまた起こすおそれのある容疑者です。教団で最初に指定されたのは、95年2月28日に東京で起きた公証役場事務長拉致事件に関与の男でした。手配日は95年3月29日、逮捕は5月18日です。きっかけは出頭でも情報提供でもない、本来の地道な捜査の積み上げによるものでした。

 拉致に使われた車が東京都内のレンタカー業者で貸し出されたことを割り出し、その手続き書類に残された指紋から男を特定しました。哀れな男は教団幹部の指示で指紋を削り、教団幹部の医師によって顔の整形手術まで受けつつ北陸方面に逃走しました。身元が割れないための工作ですが、結局、都内で見つかりました。基本の捜査を尽くした末に追いつめ、見つけたのです。

 麻原の側近としてさまざまなテロ行為にかかわった井上嘉浩死刑囚(42)の追跡も見事でした。95年4月28日に手配し、5月15日に東京郊外の秋川市(現東京都あきる野市)で逮捕したのです。「こいつを野放しにしておくと第二、第三のサリン事件が起きる」と危機感を募らせ、総力で臨んだ警視庁公安部専従追跡チームの功績です。

 やはり地下鉄サリン事件で95年5月13日に手配された林泰男死刑囚(54)を96年12月に逮捕した沖縄県警の捜査も評価に値します。当時の沖縄県警幹部によると、捜査員が「必ずオウムの手配犯は沖縄に来る」と読み、沖縄県石垣島の港に連日張り込み、降り立つ客に目を凝らした結果、サングラスをかけた林死刑囚を見つけたのが逮捕のきっかけでした。

 ほかの手配信徒も、多くは遅くとも96年中には逮捕しました。そして95年9月14日手配の平田、同年5月22日手配の菊地、高橋の3人だけが残っていたのです。逮捕された教団の特別手配容疑者18人のうち、出頭は6人でした。

 ●96年の手痛い失敗

 菊地容疑者を逮捕できる好機は96年にあったのに、警察はこれを逃しています。この年の11月14日朝、東京・新宿駅トイレ内毒物設置事件で特別手配中の教団信徒が埼玉県警所沢署に出頭してきたのです。この信徒は所沢市内のマンションの一室に潜んでいたのですが、 ・・・ログインして読む
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筆者

緒方健二

緒方健二(おがた・けんじ) 朝日新聞西部報道センター記者

朝日新聞社会部員(組織暴力専門記者)。1958年大分県生まれ、同志社大卒。毎日新聞社を経て88年入社、92年東京本社社会部。警視庁警備・公安、捜査1課、国税などを担当、99~2004年警視庁キャップ。東京社会部デスクを経て、04年から警察・事件担当の編集委員。地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件のほか数多の殺人、贈収賄、暴力団犯罪などを取材。17年4月から西部報道センター。

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