メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

[1]入学時に監督と約束した160キロ、大谷翔平の次の目標は雄星超えだ

佐々木亨 スポーツライター

 「怪物」は、やはり「怪物」だった。

 全国高校野球選手権大会岩手大会準決勝。花巻東の大谷翔平は、6回表、2死二、三塁のピンチを迎えてギアを入れ直した。一関学院のエースで五番の鈴木匡哉に投じた初球、アウトローいっぱいに決まったストレートは157キロを記録した。この時点での自己最速だ。2球目は154キロ。3球目に再び157キロを叩き出した。そして、4球目。岩手県営球場の電光掲示板に、赤いランプで159キロが表示される。夏の主役のストレートに、球場の視線が釘付けになった。5球目は157キロのボール球となり、フルカウント。大谷は、決めていた。

 「最後も、一番自信のあるボールで勝負したかった」

拡大191センチの上背から投げ込む大谷翔平=撮影・筆者

 191センチの上背から、地を這うようなストレートが夏の空気を切り裂く。左打席に立つ鈴木は思った。

 「地面につくんじゃないかと思うぐらいのボール」

 ボール2個分、やや内側に入った膝元に食い込んでくるストレートが捕手・佐々木隆貴のミットを押しやった。

 見逃し三振。感情をむき出しにしてマウンドで吠える大谷の背中で、高校生最速となる160キロの数字が躍った。試合後の大谷が6回表を振り返る。

 「ランナーを背負った場面で気持ちが入りました。でも、力は入ったんですけど、体はリラックスしていて、いつものフォームで投げられました。最後のボールは、高めに抜けるんじゃなくて、低めにしっかりと決まったのでよかった。感触もよかったです。今は、ランナーが出たほうがストレートの走りがよくなる。センバツでは、ランナーを背負って打たれたり、制球を乱す場面があったので、そういう意味では成長できていると思います」

 さらに、大谷はこうも言う。

 「今大会は、変化球を効果的に使って、真っ直ぐも球速を求めるんじゃなくてキレで勝負したいと思っています。その思いは変わりません。ただ、160キロは監督さんと一緒に頑張って目指してきた数字なので、一つの目標が達成できたことはよかったと思います」

 水沢南中時代に所属した一関シニアでは、最速138キロを記録した。高校入学当初は143キロ。そんな大谷に、花巻東の佐々木洋監督は入学早々に「160キロ」の目標を与えた。かつて、大谷の能力について佐々木監督はこう語っていたものだ。

 「岩手県内で雄星(菊池=花巻東出身、現西武)ほどの素材は、最初で最後だと思っていました。でも、大谷を初めて見た時に『(雄星ほどの投手に)こんなに早く出会えたか』とビックリしました。大谷は、ボールのキレに対する意識や変化球の大切さを知っている。その上で打者を打ち取る感覚に長けています。ボール自体をコントロールでき、18.44メートルの中で打者に合わせて自分をコントロールできるんです」

 1年春の地区予選から4番を務めてきた大谷は、打者としての評価も高い。高校通算は56本塁打。それだけでも十分、超高校級だ。

 だが、あくまでも投手として勝負したい。大谷は常々そう言ってきた。1年秋からエースナンバーを背負うも、2年時は成長期特有の軟骨が傷つく骨折の一種と言われる左股関節の骨端線損傷で我慢の時期を過ごした。ケガの影響でフォームを完全に固めきれないままに挑んだ3年春のセンバツも、1回戦で大阪桐蔭の前に屈した。

 だが、大谷は自分を見失わなかった。センバツ後は、ウエイトトレーニングを中心に下半身を鍛え直した。たとえば、花巻東のグラウンドで行なわれた練習試合では、1試合目に先発、2試合目との合間でグラウンドの外周1.5キロを5周して、さらに2試合目に出場。本来のフォームを取り戻すために、夏を乗り切るだけのスタミナを強化するために、とにかく下半身を鍛え続けた。

 そして、高校最後の夏。大谷は、投手としての素材に疑問を抱く周囲の雑音を、自らのボールで振り払った。

 「花巻東に入学した時、監督さんから『160キロは絶対に出せる』と言われました。自分自身も『無理な数字』とは思わずに、これまで頑張ってこられました。目標設定をしてくれた監督さんに感謝したいし、これまでケガの時期も支え続けてくれたチームメイトに感謝したいです」

 佐々木監督は、『160キロ』をこう語る。

 「スピードがすべてではありませんが、二人で約束してきた数字だったので、一つの目標をクリアできたという点では嬉しい」

拡大雄叫びをあげる大谷翔平=撮影・筆者

 今夏、大谷は変わった。勝負所でのマウンドでは、今春までなかった感情をあらわにする雄叫びや、ガッツポーズを度々見せる。

 「ガッツポーズ自体がいいかわからないですけど、チームは盛り上がりますし、次の攻撃にもつながると思います。自分の気迫でみんなを引っ張りたいと思うので、ガッツポーズは自然と出てしまうんです」

 「160キロ」という数字も、チームを鼓舞したい、勝利に貢献したいという一つの表れだった。

 だが、大谷は言う。

「球速は、雄星(高校時代に154キロを記録)さんより出ましたが、ランナーを背負ってからの気迫の投球だったり、結果も雄星さんたちは準優勝(2009年春の甲子園)というすばらしい成績だったので、自分はまだまだ追いついていないと思います。だからこそ、甲子園の切符をしっかりと掴んで、日本一という目標を達成したいと思います」

 東北の夏を、その豪腕で駆け抜ける大谷の視線の先には、3度目の甲子園がある。

 「怪物」の証明は、まだ始まったばかりだ。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

佐々木亨

佐々木亨(ささき・とおる) スポーツライター

1974年、岩手県生まれ。スポーツライター。雑誌編集者を経て独立。。著書に『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボール・マガジン社)。共著に『横浜vs.PL学園――松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)、『甲子園 激闘の記憶』(ベースボール・マガジン社新書)など。