潮智史(うしお・さとし) 朝日新聞編集委員
朝日新聞編集委員。1964年生まれ。87年入社。宇都宮支局、運動部、社会部、ヨーロッパ総局(ロンドン駐在)などを経て現職。サッカーを中心にテニス、ゴルフ、体操などを取材。サッカーW杯は米国、フランス、日韓、ドイツ、南アフリカ、ブラジルと6大会続けて現地取材。五輪は00年シドニー、08年北京、12年ロンドンを担当。著書に『指揮官 岡田武史』『日本代表監督論』。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
潮智史
優勝候補に挙げられていたスペインを下したことも痛快だが、最後は地元観客も含めて3万7000人が日本に盛んに声援と拍手をおくっている。
チームとして鎖のようにつながり、相手のボールをあきらめずに激しく追いかける。舞台はスコットランド代表が本拠とするハムデンパーク。100年を超える歴史を重ねてきたスタジアムで、日本の若者たちの敢闘精神が目の肥えた地元ファンの心をとらえた。これほど気持ちのいいこともない。
世界の勢力図からみれば、番狂わせであることは間違いないが、「グラスゴーの奇跡」などという呼び方は選手に失礼が過ぎるだろう。1996年アトランタ五輪でブラジルを1―0で下した「マイアミの奇跡」と一緒にしてしまうのも違和感を持つ。確かに守備に回る時間帯は長かったが、チームはそこから果敢に前にでていってゴールを陥れるすべを準備していたからだ。
それは先発の11人を見渡した時点ですでに見えていた。俊足のスピードスター、永井謙佑をサイドのMFではなく、FWとして前線に配置。ボールを支配されることは承知の上で守りを固め、前掛かりになったスペインの背後を永井の走力を使ったカウンター攻撃で突く。シンプルだが、狙いどころを絞った試合運びは妥当なものだった。
そもそも、これまで志向してきた、パスをつないで攻撃を組み立てていくサッカーを我慢して堅守速攻に絞り込む選択は選手同士の話し合いから出てきたという。スタート地点から考えても、チーム内で「やり方が守備的すぎる」という不満が出ていたアトランタのときとは違って見える。むしろ、2年前のW杯南アフリカ大会のときに近い印象だ。
退場者を出して相手が10人になったあとにチャンスを何度もつくりながら、追加点が奪えなかったのは残念だが、
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