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[3]広島工、最多の部員数151人の“オンリーワン”

守田直樹 フリーライター

 広島工の野球部員は151人。県下トップの部員数で、今大会の出場校中、もっとも多い。アルプススタンドでユニホームを着た100人以上の控え部員が大声援を送っていた。

「ドンッ、ドンッ、ドンッ」

 彼らをリードする大太鼓が響きわたる。足裏からも、ビンビンと振動が伝わってきた。

 飯塚(福岡)との甲子園初戦は、9回表ツーアウトで4対6。声援は絶叫へと変わる。エースとして8回までを投げ、打っても2安打と当たっていた辻駒祐太に打順がまわる。

「かっとばせ~、ユウタ!」

 最後は、見逃し三振だった。辻駒は試合後、131球を投げぬいたマウンド上と同じように気丈に答えた。

「スタンドの声援はピンチによく聞こえました。最後は絶対打ってやろうと思って打席に入りましたが、手が出ずに終わって悔しいです」

 自分の力を出しきれず、甲子園を去る球児は少なくない。

 しかし、全国49代表校の精鋭たちだ。

 広島工の3年生38人のうちベンチ入りできたのは16人。残り22人は、いろんな場所で戦った。

 アルプス席で大きな体から大粒の汗を滴らせ、大太鼓を叩いた武智洋樹もその一人だ。

拡大アルプス席で太鼓を叩く武智洋樹

「競争は激しかったですけど、そのぶん絆もどこよりも強くなったと思います。野球をやるんなら一流のところでやろうとケンコーを選び、悔いはありません」

 広島工は明治30年に創立。「県工」の愛称で親しまれ、ユニホームの胸にも「KENKO」と書かれている。全国の県立の工業高校で、「県工」を名乗るのは広島工だけだ。

 新井貴浩(阪神)や高津臣吾(元ヤクルト)など多くのプロ野球選手を輩出している。しかし、夏の広島を制したのは5回目で、20年ぶりの聖地だった。

 今夏の広島大会もノーシードからの出発だった。勝ち抜いた7試合は接戦が多く、大太鼓を強く叩き過ぎ、一度は破れてしまったという。太鼓のバチを握りつづけた武智の手の平もマメだらけだった。

 広島大会を戦っていた最中の7月20日、2年生部員が強制わいせつの疑いで緊急逮捕されるという事件も起こった。部員に知らされたのは優勝を決めたあとの30日だった。報告を受けた日本高校野球連盟は「個人の不祥事で、対外試合は禁止されない」と判断。罪を犯した個人は厳しく罰せられるべきだが、連帯責任を問われるケースではない。

 堀川誠二部長も胸をなでおろした。

「もともとは155人だったんですが、2年2人と3年2人が辞めています。そのうち体重が重いのでラグビー向きだと転部させた子もいます。ボールを満足に投げられない子や、極端に足の遅い子も入部しますが、そういう子たちは辞めていません」

 野球は下手でも、みんなで支えあってきた。151人のチームをまとめたキャプテンの木下淑稀(としき)は言う。

「自分ひとりでは全員を見きれませんでした。副キャプテンの3人、内野と外野の責任者、マネージャーなどの力があったからここまで来れたんです」

 広島工では選手にそれぞれの役割がある。

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筆者

守田直樹

守田直樹(もりた・なおき) フリーライター

1968年、山口県生まれのフリーライター。野球と日本酒と天然温泉が大好きな趣味人。共著に『横浜vs.PL学園』(朝日文庫)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです