メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

[4]公立高校・佐賀北の野球にロマンを感じる

神田憲行 ノンフィクションライター

 公立高校の監督さんと親しくなって飲みに行く。アルコールがほどよく回り出すと、つい、「実は……」と、こんなことを漏らすことがある。

「俺、いっぺんでいいから私立の監督やってみたいんだよね。全国から自分が見込んだ選手を集めてきて、十分に練習して甲子園でどこまで通じるか試してみたい」

 もちろん私立でもそんな簡単なわけではないが、入試という関門、狭いグラウンド、短い練習時間、貧弱な野球部予算で戦っていると、やはり読売巨人軍的な憧れをもってしまうのである。

 しかしこの人はそんなことは思わないようだ。

 県立佐賀北の百崎敏克監督(56)。2007年、「がばい旋風」で同校を全国優勝に導いた。前任校の神崎でも春夏甲子園出場に導いており、公立の先生には珍しい「佐賀の甲子園請負人」と呼ばれる。

 優勝したときの佐賀北の戦い方は、私立に勝つ公立のお手本のようだった。まず「体力に私立も公立もない」(百崎監督)と、徹底的に走り込みをさせて夏場の甲子園で連戦に耐える身体を作り上げた。守備は泥臭く、強烈な打球は身体で止めて前に落とす。決勝であの満塁本塁打を放った三塁手副島の身体はアザだらけだった。

 プロが注目するような選手は誰もいない。しかしタフで身体を張って全員野球で突撃してくる。それが07年の佐賀北のイメージだ。

 しかし優勝後、同校は低迷する。09年、10年の夏は佐賀大会で初戦敗退だ。

「もともと人気の高い学校なのに、優勝してさらに入学希望者が殺到して偏差値が上がり、以前なら入れた子が入れなくなっちゃった」(百崎監督)

 同校は県内でも有数の進学校だ。強くなればなるほど己のクビを締めてしまうというのはどこの公立でも抱える悩みである。

 優勝以来の出場について、主将の本村は、

「監督さんもプレッシャーがあったと思うので、甲子園に連れてきてあげられて良かった」

 という。監督のプレッシャーを選手が感じたのか?

「いえ、出場が決まった後、記者の人に監督さんが『ホッとした』と言っていたので、ああ、監督さんにもそんなプレッシャーがあったんだと思ったんです」

 泣かせるではないか。これで高校3年生である。

 5年ぶりの甲子園は宮城の私立強豪・仙台育英に2-8で敗れた。

 しかし百崎監督は

・・・ログインして読む
(残り:約487文字/本文:約1447文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

神田憲行

神田憲行(かんだ・のりゆき) ノンフィクションライター

1963年、大阪生まれ。ノンフィクション・ライター。夏の甲子園取材は今年で19年連続20回目。著書に『横浜vs.PL学園』(共著、朝日文庫)など。守備の巧いショートと三つ目のストライクを内角高めに持ってくる投手が好き。