2012年08月13日
「誰かにちょっかいを出したり、普段はいつもふざけています。移動中のバスでも、すぐにくすぐってきて笑わせるんです。とにかく、明るい人です」
桐光学園の2年生エース。174センチと小柄な松井は、誰もが成し得なかった偉業を達成しても、あどけなさが残る笑顔を浮かべるだけだった。
試合を終えて取材スペースに現われた松井の顔には、数分前のマウンドの熱がまだ残っていた。頬は紅色だ。坊主頭から白い湯気がうっすらと立ちのぼる中、ヒーローはお立ち台に上がった。取材陣を代表してアナウンサーが大記録に触れる。
「三振は数えていましたか?」
表情とは裏腹に、松井の言葉は拍子抜けするほどに簡素だった。
「……数えてないです」
連続三振の記録を称えられても同様だ。
「あっ、はい」
素朴な顔に、また笑みが弾けた。
9回表。今治西の先頭打者、1番池内将哉に投じた126キロのスライダーが捕手・宇川一光のミットに収まると、甲子園はどよめいた。20個目の三振。続く代打・吉本夏輝は3球で仕留めた。連続三振が『10』に伸びた瞬間だった。最後も三振で締めた松井は、騒然とする球場のど真ん中で勝利を噛みしめた。
1試合22奪三振、10者連続三振――。
これまで、第87回大会の辻内崇伸(大阪桐蔭・現巨人)ら過去5人が記録した19個が1試合での最多奪三振だった。ちなみに、第40回大会の板東英二(徳島商・元中日)が奪った25個は延長18回、第55回大会の江川卓(作新学院・元巨人)が奪った23個は延長15回で達成されたものだ。また、これまでの連続三振の大会記録は、第82回大会の坂元弥太郎(浦和学院・現西武)らが達成した8者連続三振。
大会2日目第3試合の今治西戦で成し得た松井の2つの記録は、過去93回の選手権大会で誰一人としてたどり着けなかった未知の聖域だった。
最終イニングのマウンドで、松井は対戦校である今治西のアルプスから聞こえてくる軽快な応援歌を口ずさんでいた。本人曰く「ロックみたいなやつ」のリズムに乗り、左腕の振りはさらに加速した。
「今日は周りが見えていたので、最後まで冷静に投げられました。自分の中のリズムというものがあるので、そのリズムに乗って投げることもできました」
リリースを終えるたびに体を三塁側にグッと傾ける。強く踏み出された右足で地面を掴み、その足一本で躍動する体をしっかりと支えた。背筋力と下半身の強さを感じる豪快なフォームは、序盤から軽やかなリズムを刻みながら最後まで熱を帯びた。桐光学園の野呂雅之監督は、エースをこう評する。
「松井の良さは、怯まないところ。ピンチでも、たとえ調子が悪くても、しっかりと腕が振れるんです」
松井が言う。
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