2012年08月17日
せっかく立派なマニュアルを作っても生かされない。考えられる理由はいくつかある。ありがちなのは、再発防止策ができても現場の事情とはかけ離れていることが多く、現場で働く多くの人が「そんなのを逐一守っていたら仕事にならない。マニュアルなんか読んでいたら仕事にならない」と考えるようなケース。さらには、マニュアルを作り再発防止を訴える立場の責任者が保身家で人望やパッションがなく、「マニュアル作りで点数を稼ごうとする出世欲がミエミエ」などと反発されるようなケース。会社の中で「コンプライアンス」が重視されればされるほど、現場の実状や苦労が分からない管理畑の責任者が頭ごなしのマニュアルを押しつけ、現場では報告事項が多くなって負担が増すばかり。こんな状況だと働く者は面従腹背の姿勢を取りがちだ。つまり、再発防止のマニュアルが徹底されるかどうかは、そのマニュアルが現場の実態に適応するものかどうかや遵守を求める責任者の本気度や現場での信頼性、人間性などが大きく関わってくる。
さて、俎上にあげるのは日本テレビの報道局で相次いで起きている“不適切な取材・報道”だ。筆者が長年いた職場でもあるため、個々の担当者や責任者の顔も浮かんでくるが、あくまでメディア研究者の一人として他の放送局にも共通する問題を提起したい。この数年、日本テレビの報道局は担当するニュース番組や報道番組で「同じパターン」の不祥事を繰り返してきた。同じパターンというのは、証言者として登場させた人物が、実は証言の真実性・信頼性に欠ける不適切な人物選定だったことが放送後に判明し、結果的に報道の信用性そのものを傷をつけたという点だ。
7月31日、BPO放送倫理・番組向上機構の「放送倫理検証委員会」が、「私たちはこの意見書で放送倫理違反を指摘することに、いささかうんざりし」「再び同じことを繰り返さなければならないことに、委員会は言いようのない苦々しさともどかしさを感じている」と異例の表現を散りばめた「意見書」を公表した。
まず2008年11月、日曜夕方の報道番組『真相報道 バンキシャ!』。岐阜県庁が行う裏金作りに自ら荷担していたとする建設会社元役員の匿名インタビューを「スクープ」として放送した。しかし、この人物はその後、別の事件で逮捕・起訴され、日本テレビでの証言が虚偽であったことを認めた。全面的に虚報だったことが判明し、この元役員は岐阜県に対する偽計業務妨害の容疑でも逮捕された。結果的にテレビ報道が犯罪に手を貸す形になり、日本テレビでは報道局長の解任にとどまらず社長まで辞任する事態に発展した。BPOの放送倫理検証委員会は審議の末、「放送倫理違反は重い」と判断。多くの場合に示される意見書にとどまらず、検証番組の放送などを「勧告」するという、考え得る一番重い裁定を下した。
続いて2011年1月、夕方ニュース『news every. サタデー』。特集の「ペットビジネス最前線」で、ペットのための保険会社やマッサージを行うペット向けサービス会社の現状が紹介された。VTRのなかで、こうしたサービスを絶賛する「利用者」たちが登場したが、実は純粋な利用者ではなく、それぞれの会社の「社員」だったことが後で露見した。取材したディレクターは経験が浅い若手の派遣社員で、取材対象である会社側に利用者を紹介してほしいと依頼したが、会社から撮影できる客を見つけるのは難しいという返答を受けていた。その代わり、サービスを利用している社員ならば取材可能と言われて、ディレクターも了承した。放送予定日が決まっていたことから、虚偽であることを知りながら上司にも相談せず偽って報道した。違う立場の人間をあたかも客であるかのように振る舞わせて取材・報道したことは「やらせ報道」という批判を浴び、BPOの放送倫理検証委員会も「放送倫理違反」だと認定した。この不祥事の後、日本テレビ報道局は「企業・ユーザー取材ガイドライン」というマニュアルを策定し、そのなかで安易に企業側にユーザーの紹介を依頼しないことなどを定めた。
そして今年4月、夕方ニュース『news every.』。福島第一原発事故の後で水道水の放射能汚染を懸念する声が広がるなか、飲み水の安全性について特集し、ミネラルウォーターの宅配会社を利用する消費者が増えているという実態を報道した。原発事故の後、宅配会社を利用するようになったという主婦が登場し、「子どももいるし、あと10年後、15年後にああしておけばよかったと思いたくないので」と話すインタビューが放送された。ところがこの主婦は後にその宅配会社の
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください